予兆



 右腕の怪我が完治するのを待ってアジトへと向かった。別に自分から足を向けたわけではない。棒を壊した大男が俺に会いたがっていると伝言を受け取ったからだ。
 二週間前晒した愚かな姿を思えば暴れだしたくなる程の羞恥に襲われる。戦いの最中に自ら放り出した武器を壊されただけで盗賊団をやめると当て付けのように捨て台詞を吐いて逃げたのだ。どこの餓鬼だとほんの少し前の自分をなじってやりたい。本当に、親代わりがいなくなってから、いや、アリスと離れてから俺は全く成長していない気がする。それともアリスに会うまで成長したくないのだろうか。
 そんな詮ないことを考えながら、ここで逃げたら負けだと妙な対抗心でもって心を震い立たせ、アジトに踏み込む。どんな視線を向けられるのか、戦々恐々としていた俺の耳は、他意のないからっとした声を捉えた。

「おうルーク! 遅かったじゃねえか!」

 邪気のない晴れやかな笑みに、気付かれぬように安堵の息を吐く。先日の俺の失態をまるで気に留めていないのだと、ありありと伝えてくる態度だった。けれど心の中で断定する。情報屋の少年から聞いた、彼が武器を壊したことを気にしてるっていうのは絶対嘘だ。

「あ? もう新しいの手に入れたのか?」

 けれど身体の後ろから取り出した真新しい棒を目にし、考えを改める。色も形も前のと似ている。一応替えを用意してやろうと思ったらしい。
 だけど、もういいんだ。

「ああ。これ使うことにしたから」

 今背負っているのは如意棒だ。常時具現化して身に付けておくことにした。身体との接触が絶たれれば消滅するリスクがあるものの、新しい武器を使う気にはなれなかった。あれ以上に身体に馴染む物はないだろうし、もし新しい武器に愛着を抱き、失いたくないと思ってしまえばそれは弱点になる。今までは大事な物だと気付いていなかった。けれど、自覚してしまえばもう無視出来ない。その点、如意棒はオーラで出来ているから、壊れても復元可能。本当に念能力は便利だ。

「なんだ。じゃあこれ要らねえな」
「いや、折角だからもらっておく」

 笑みを浮かべたまま近付けば、大男は警戒する様子もなく軽い調子で棒を放ってきた。それを受け取り、両手で握りこむ。常とは違う感覚に、やっぱり駄目だなと判定を下す。そして思いっきり振り上げ大男に飛びかかった。
 避けようと思えば簡単に避けられるだろう単純な攻撃。けれど真上から振り下ろした棒はそのまま大男の頭頂部にぶつかり、そして予想通りぽっきりと折れた。折れた半分が空を飛び、地面を転がる。その軽い音を聞きながら、短くなった棒を手に、大男へ笑いかける。

「わざわざ有難う。でも、ちょっと脆かったみたいだ」

 一瞬の沈黙を挟み、大男は破顔した。

「そいつあ悪かった! いやあ、でも俺に攻撃して壊れない武器なんて無いと思うぜ?」

 ついでに己の力を自慢し、何故か上機嫌で背中を叩いてくる。遠慮という言葉を知らない勢いに、如意棒も砕け消滅した。

「おっ。これは念能力だったか」

 純粋な興味しか伺えない大男から距離を取り、これ以上の会話は諦める。
 無理だ。色々と通じる気がしない。

「よっ、ルーク」

 次はなんだと嫌々ながら振り返る。そこにいたのは情報屋の少年だった。

「アリス見付かった?」

 とりあえず聞きたいことだけを単刀直入に口にすれば、眉をしかめられる。

「ルークの興味ってそれだけなの?」
「他にお前と話すことあったっけ」

 突き放せば返ってきたのは盛大な溜め息。短い付き合いでも俺の興味がアリスにしか向いていないことくらい理解しているだろうに。呆れつつ再び身体の向きを変えようとした時、少年が発した言葉に引き留められた。

「その件はまだだけど。ルークさ、またマフィア襲撃やってんの? しかも証人残してって今までらしくないじゃん」

 またとは聞き捨てならない。俺がやっていたのは人身売買組織の襲撃だ、と軽口を返そうとしたが、軽調な語り口とは相反する真剣な表情に、此方も表情を引き締める。もっと慎重に情報を聞き出すべきだ。

「詳しく聞かせて」

 物騒な話題をわざわざ俺にふってきた理由。詳細を聞けば、確かに合点はした。
 なんでも二週間前から有名どころのマフィアが次々に襲撃され、ちょっとした騒ぎになっているそうだ。力のある念能力者が残らず殺されている、と。またその時周囲にいた人間もかなりの数が殺されているのだが、生き残った証人もおり、犯人は若い少年であることが判明している。
 確かにアリスや武器のことがあって自棄になりそうだった頃と時期が一致している。人身売買組織の親元であるマフィアを襲撃したこともある。けれど、犯人は俺じゃない。

「俺は基本皆殺し。それに、利益もないのにわざわざそんな大物狙わないよ」

 根が臆病なのだ。だから証人は残したくない。有名どころのマフィアなんて、手は出さない。好き好んで能力者と戦いたいとは思わない。
 少年は納得したように手を打った。

「確かに! 今までのルークのやり方とは違うと思ったんだ。ああ、良かった」
「何が?」

 嫌な予感に聞き返せば、少年は笑みを向けてくる。

「犯人の情報に賞金800万ジェニーかかってるから」

 長い付き合いではないが、言葉の真意を理解してしまった。この少年、もし俺が犯人だったら迷わず情報を売っていた。ただ、誤った情報を売らなくて良かった、という彼の情報屋としての信頼問題にかかわる話だから安心しただけだ。
 理解したところで得るものは少ないが、正直な少年に安心する。金第一という価値観があからさま過ぎるほどはっきりしているから、付き合いやすい。クロロは苦手だ。いまだ何を基準に行動しているか全くよめないから。

「あ、あと団長から召集はいったよ」
「マジか! また暴れられるか?」

 まるで心の内をよんだかのようにタイミングよくクロロからの伝言を口にした少年に、分かりやすく舌を打つ。そんな俺の小さな苛立ちなど彼は気にしない。俺がクロロの召集を嫌がるのはいつものことだから。
 離れた所にいた大男が嬉しそうに問いかけるのを軽くあしらいながらそっちに向かう少年を黙って見送った。大男と、日本刀を腰に差した武士風の少年の三人で楽しげに談笑し始めるのを視界から外す。これで良い。俺は彼らの仲間ではないのだから。勝手に楽しくやっていれば良いのだ。
 俺は俺で少年から与えられた小さな苛立ちを解消しようと、先程消滅した如意棒を左手から出現させる。親代わりから貰った棒を元に具現化した如意棒は、細部まで正確に再現できる。握り心地もそのまま。違うのは、訓練や人殺しの最中に付いた傷がないことだけ。新たに出した如意棒は、滑らかな表面を保っていた。
 過去を再現した物は、過去を体現はしない。念能力は便利だけれど、万能ではない。
 それを知りつつ、愛おしむ。滑らかな表面を右手でさすり、安心を得る。得ることができる。その事実にまた安心し、そっと息を吐き出した時だった。

「へえ。新しいメンバーもいんのか」
「うん。団長が連れてくるって」

 耳に飛び込んできた言葉に、視線をそちらに向ける。すぐに気付いた情報屋の少年と目が合い、疑問を口にした。

「新しいメンバー?」
「うん。九番の代わり」

 さらりと告げられた言葉の意味を、瞼を閉じ、視界を遮断してから噛み締める。
 誰かが死んだのだ。俺がこの盗賊団に加わってから一年も経ってない。その間に一人が死んだ。それなりに強い人間が揃っていたと思うのだが、死ぬときは呆気ないほど簡単にやられてしまう。そういうものだと分かっているからその死自体に何かを思うことはない。九番が誰を指すのか全く分からないが、それも別に構わない。
 ただ、死んだことさえ知らなかった事実に衝撃を受けていた。
 今更ながらに記憶を掘り起こし、盗賊団絡みの連絡を最近受けたのがいつだったのか思い出す。1000万ジェニーを貯めてから人専門の探し屋が見付かるまでの間、つまり三週間くらい前のことだ。その時九番が死んで、彼ら流の弔いをしたのだろう。俺はそこにはいなかった。そして二週間前、彼らに会ったときもその死に気付けなかった。俺が鈍感だったのか、それとも彼らがあまりにもいつも通りだったから気付けなかったのか。それは今となっては分からない。ただ、アリスのことに気がいきすぎて注意力が散漫になっていたのは事実だ。
 彼らには彼らの絆があり、そこに俺も入れて欲しいとは欠片も感じない。現にこれから行く先で今目の前にいる三人の内誰が死んでも何も感じないだろうことは明らかだ。情報屋の少年が死んだらアリスの件で困る。それくらいだ。そんな非情な己を確認し、それで良いのだと言い聞かせながら真っ直ぐ視線を彼らに向けた。見えない壁のようなものを感じながら。

「そっか」

 それだけ。新しいメンバーとも親しくなる気はないのだから、特に興味も湧かない。情報屋の少年が元の輪に戻るのを無感動に眺めながら、一つだけ思う。三週間前、仲間の死にクロロは涙を流したのだろうか。


「今日のお宝はドラゴンの鱗だ」

 やはりクロロはいつも通り悠然としていた。その事実に安心し、クロロの隣に腰かける物体に目を向ける。大きなモップと称しても良いだろう。かろうじてそれを人だと認識できた証、大量の毛から覗く瞳は真ん丸としていて得体の知れない不気味さを演出している。

「長年行方不明だったが最近オークションに出品された。競り落とした富豪カルミン氏の別宅に三日前運び込まれている」

 朗々と響きわたる声を聞き流しながら小さく溜息を吐き出す。あまり気乗りはしない仕事だった。一般人を殺すのは好きではない。

「俺とシャルナーク、コルトピは獲物を。ルーク、ノブナガ、ウボォーギンは適当に暴れてろ」

 クロロが立ち上がったのを契機に、思考を断ち切る。今一番に考えるべきことは、俺が生き残ること。アリスの手がかりを見つけ出すまで、俺は絶対に死ねないのだから。

 アジトを出て、クロロが先導する。その方向を理解した瞬間、息が詰まった。
 連れてこられたアジトは以前訪れたことのある場所だった。初めての仕事、美術館を襲撃したときと同じ場所。その仕事のすぐ後に、俺はマリアと出会った。
 二週間前にもマリアと会い、話した公園をすり抜ける。その先にあるのは高級住宅街。嫌な予感だけが高まって、背を冷や汗が伝う。先頭に立って走るクロロに視線を飛ばし、心の中で問いかけた。
 今回盗みに行く家に、マリアという名の少女はいるか?
 言葉には出来なかった。尋ねれば、誰かと聞かれる。クロロや盗賊団の奴らにマリアのことは知られたくない。マリアは"普通"の子だから、こんな奴らと関わってはいけないから。
 もし今から行く先にマリアがいたら、俺はどうするのだろう。

「しけた面してるぜ?」

 突如横からかけられた声に思考を断ち切る。考えを邪魔されたことに、俺は確かに安心した。

「そう?」

 並走する少年は腰に日本刀を差している。武士風の格好はジャポンと関わりがあるとみた。けれど、ジャポンについて尋ねる気にはならない。不思議と、親代わりが死んでから家族や日本、前世のことを思い出さなくなった。

「ちゃんと話すのは初めてだよな。ノブナガだ」
「ルーク」

 走りながら俺との間に軽く拳を突き出され、眉をひそめる。しかし少年は構わず邪気のない笑みを浮かべてきて、それを見たら不思議と毒気が抜けた。
 マリアのことを考えたくなかった。死んでも何とも思わない相手に笑みを向けられて、少しだけ嬉しかった。ぐるぐると渦巻く感情に正面きって向き合うのは面倒臭い。なら、見ない振りして流されよう。アリスのこと以外は、どうでもいい。
 軽く拳を差し出し、少年の拳に合わせる。音もせず触れ合った甲からは熱が伝わることもなく、拳はすぐに離れていった。

「宜しくな」

 厚ぼったい瞼の下からのぞく瞳に、敵愾心はうかがえない。
 鬱陶しいな、そう感じる自分がいる。仲間になるつもりも、親しくなるつもりもない。敵意を向けられるだけなら楽なのに。けれど、そう思考することすら鬱陶しいから、深く考えることを拒否して笑いかけよう。

「ああ、宜しく」

 少年は上機嫌でウボォーギンが武器駄目にして悪かったな、と切り出し、それから滔々と相方である大男について語り始めた。愚痴吐きのようで、その裏側には温かな感情がうかがえる語り口だった。
 彼らは仲間を大切に想い、それでいて死を恐れない。そんな生き様を、羨ましいと感じる生き様を前に心は冷えきっていく。俺は彼らのように生きられない。ならば、"普通"の世界でマリアのような平和な生き方は出来るのか。答えは否だ。死を恐れながら、死を与えることを躊躇わないのが今の俺なのだから。
 どっちつかずの卑怯ものだと理解しながら、傍らの少年の話に相槌を打つ。そんなことをしていれば、すぐに目的の豪邸が視界に入ってきた。門扉の前には警備が四人。それを頭が理解したと同時に、横にいた少年が力強く地を蹴った。彼が日本刀を抜いたのを確認して、俺も背から如意棒を抜き取り左手で支えながら囁く。

「伸びろ」

 前を走るクロロ達の間をすり抜け一直線に如意棒は一人の腹に突き刺さる。肉を突き破る確かな感触が如意棒に伝わり、口許をゆるませる。
 同時に、一足飛びで警備の元に一番乗りした少年が音もなく刃を男の首に滑らせた。豪快に血が吹き出る様を視界におさめてから手元の如意棒に力を込める。狙うは死んだ警備の隣にいた男。何が起こったか理解出来ず、ただただ闇雲に周囲を見渡し、目に映った惨状に悲鳴をあげようと口を開くのを見て、如意棒を引き寄せた。うまく抜けなかったのか死体がひっかかる感触があったが、気にせず悲鳴をあげる男に死体ごと如意棒をぶつける。背後にあった門扉に背をしたたかに打ち付けたあと、警備は動かなくなった。視線をずらせば、四人目、最後の警備がちょうど日本刀に貫かれて絶命したところ。

「てめえら。俺にも残しておけよな」

 死体四つの元まで辿り着くやいなや、大男が悪態をつく。そんなことを言われても困ってしまう。

「早いもの勝ちだろう?」

 今まで仕事に付き合い、彼らのやり方は理解したつもりだ。暴れたがり。獲物は早いもの勝ち。危ないこと大好き。一応、その流儀に合わせてやっているのだから、文句を言われる筋合いはないはずだ。

「ルークの言う通りだぜ? ウボォー。安心しろよ。まだ中にいるみてえだ」

 全員が気配を感じ、視線を豪邸へと向ける。強者の気配、というのだろうか。産毛が逆立つようなぴりぴりとした緊張感が伝わってくる。
 何気なく視線を戻したとき、予想通りの光景が目に飛び込んできた。歓喜の滲み出た、獰猛な表情が四人の顔に浮かんでいる。モップの表情は読めないが。

「行くぞ」

 闇に溶け入りそうなほど静かで、それでいて芯の通った落ち着いた号令がかかる。顔を見合わせることなく、皆が各自の愉悦を求め、闇に散った。


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捏造設定
コルトピの入団時期と番号

 

 

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