呼び出しに応じて指定された廃屋に足を運べば、わらわらと少年少女が群れていた。視線は一番奥にいた黒髪の少年に固定し、気配だけで人数を探る。
十一人。こんなに多いのは初対面の時以来だ。
「遅かったな」
よく通る低い声に、嫌々ながら言葉を返す。
「一応指定された時間通りに来たんだから文句言うなよ、団長」
団長と呼ばれた少年は驚きもせず、ただ面白そうに口角をあげた。
「ホームに行ったんだろう? どうだった?」
どうせパクノダから詳細を聞いているだろうに、わざわざ本人から感想を引き出そうとするあたり、かなり性格が悪い。
「随分と素敵な家だったな」
彼らが本拠地としているホームは、流星街の片隅にひっそりと存在していた。いつもアジトとして利用しているような廃屋を数倍荒れさせた、建物と称するのも憚られるようなところが彼らの家。
俺は思い知った。親代わりに連れられ転々としたスラムはまだ最低限人としての生活を営める土地だったのだ。流星街はその最低限を遥かに下回っていた。溢れるゴミは土地を覆い、足場を奪う。異臭は身体を蝕み、毒となる。
一日いただけで体調を崩し、パクノダやホームにいた巨男のフランクリンや情報屋のシャルナークに散々からかわれながら、すごすごと退散した。
今更ながらこいつらと一緒にいることを選択した己を恨みたい。けれども、一人でいたところですることは何も無かった。だから呼び出しにも応じ、今ここにいる。
「すぐに慣れるさ」
気休めのような言葉を吐き出すその唇は、楽しそうに歪む。
「お前が団員でいられれば」
不吉な台詞に眉をひそめると同時、入り口が開かれた。悠々と足音もさせずに入ってきたのは、背の低い団員。名前は覚えていないが、初対面の時戦った少年だ。その後に見知らぬ男が続く。
「連れてきたよ」
独特の発音で告げられた台詞に、団長は大きく手を広げて応えた。
「ようこそ、アジトへ」
「へえ、噂の幻影旅団ってのは随分若いのが揃ってんだな」
見知らぬ男曰く、この盗賊団はそれなりに知名度があるらしい。確かに俺が手伝った時はかなり乱暴に、それこそ殺しつくして奪うことが多かったため、名が知れていてもおかしくはない。
「で、そいつを殺せば俺も団員になれるんだよな?」
「へ?」
そいつ、と言いながら視線を向けられたのは、明らかに俺である。楽しそうに細められた目に殺意はないが、だからといって油断は出来ない。
如意棒を背中から抜き取り、掌の内で弄びながら口を開く。
「説明しろ、団長」
視線は入団希望らしい男に固定したまま、ただ耳に神経を集中させた。
「簡単な話だ」
前置きのあと、一呼吸入れてから淡々とした声が続いた。
「そいつは蜘蛛に入りたい。だが、蜘蛛の手足は十二本だ」
「俺の代わりにそいつが入るって?」
如意棒で奴を指し示す。
「ルークが勝てば問題ないさ。ああ、もちろんわざと負けても良い。お前は抜けたがっていたものな」
深く息を吐き、波打つ感情を鎮める。
団長は性格が悪い。けれど彼の言葉に誤りは一つとしてない。確かに俺は盗賊団を抜けたがっていた。アリスと再会するまでは。
「居場所は自力で守れっていうことか」
奪われたくない。ホームは汚い上に性格良くない奴らの集まりだけれど、もう独りになりたくない。
「俺達は盗賊だ。欲しいものは奪い取れ」
団長の言葉は入団希望の男に向けられていたが、俺にも響くものがあった。これは俺が蜘蛛の盗賊団でいる為に必要な儀式でもある。相手の男を倒すだけ。確かに前置き通り、とても簡単な話だ。
「了解」
男と声が重なる。二人の口許に同時に楽しげな笑みが浮かぶ。俺と男は同じだ。そんな一体感を抱きながら、如意棒を左手で構える。
男は両手を空中に浮かべて、オーラを集中させた。そして形を成した物体。
「チェーンソー?」
口端がひくっと痙攣する。物騒な武器だ。しかも、俺と同じ具現化系。どんな能力が付加されているか、未知数だからやりにくい。
「こいつはよおく切れるぜ?」
オーラを燃料としているのか、刃がぶるぶると震え出す。チェーンソーを身体の斜め前に構えた男が興奮ゆえか、舌で唇をねっとりと舐めあげる。
「ああ。お前は一体どんな悲鳴をあげるんだろうな。苦痛を耐えて耐えて耐え忍んだ末絞り出した絶望は最高だぜい」
想像したのか身体全体を震わせる。
ぎゅっと如意棒を握り絞めながら抱いた感想。
「フェイ。変態連れて来んなよ」
誰かが代弁してくれた。気持ち悪い、こいつ。
「拷問仲間ね。腕は良いよ」
「良い趣味持ってるな」
皮肉への返答を待つ暇もなく、チェーンソーが迫ってくる。
左足で床を蹴りつけ、右に避けながら突き出した如意棒に相手は素早く反応した。両足に力をこめてブレーキをかけ、上体を捻りながらチェーンソーを振り回す。震える刃は宣言通り如意棒を切りつけて。
切り離された如意棒の端は、空中でその姿を忽然と消した。敵はチェーンソーを構えたまま満足気に笑みを浮かべる。
頭の中を整理しようと、距離をとる。敵の動向に注意しながら、如意棒の切れた断面を右手でなぞる。綺麗に切り離されていた。
如意棒はオーラでできている。だから、切り離された部分が消滅してもおかしくはない。けれど、それを知らない相手が驚きを欠片もみせていないことが頭に引っかかった。俺は常に如意棒を具現化しているから、傍目には普通の武器なのか判別がつかないはずなのだ。
相手の能力で具現化した武器だと知っていたのか。それとも相手の能力は普通の武器をも消滅させるものなのか。
「へへ。驚いたか? 俺の自慢の能力だ。《掃除要らず》」
自ら能力名を明かした男は、愛し気に刃の側面をなぞる。
なるほど。物体、オーラ関係なく切りとった部分は消えてしまう、と。どういう経緯でそんな能力を作ったのか想像もしたくない。
「わざわざ教えてくれて有難う」
断面をなぞっていた指を離し、三分の二くらいの長さになった如意棒を構え直す。
敵が能力を教えたからといって此方も能力を晒さなければならない道理はない。ただでさえ俺は弱いのだ。そこら辺の能力者に勝つ自信はあるが、根っからの戦闘狂や変態と対等に戦えるとは思っていない。隙をつくしか方法はない。
「じゃあ、次はこっちから」
左手に如意棒を握り、真っ直ぐ敵目掛けて走る。正面から男は受けて立った。チェーンソーを構えながら、薄笑いを浮かべながらも真剣な目で距離を計っている。そして彼の間合いに入りチェーンソーが動くのを視線で追い、軽く床を蹴りつけ空に跳んだ。
再び横になぎはらわれたチェーンソーの上を如意棒が滑り、敵の喉元を狙う。瞬き一つの内に、男と視線が合う。充血した瞳が見開き、そして男は確かに笑った。
喉元を突いた感触に手応えを感じた時だった。吹き上げる風に危機を察知する。咄嗟に如意棒を伸ばし、勢いに任せて後ろに下がる。振り上げられるチェーンソーを視界に捉え、ぎりぎり刃が届かない位置まで退避したところで、如意棒が縦に真っ二つに切り裂かれた。
消滅した如意棒には構わず、更に後ろに下がる。動悸は未だおさまらない。あと少し遅ければ如意棒を握る左手を持っていかれるところだった。
「ああ。それがお前の能力か」
赤くなった喉を片手でさすりながら、敵は低く笑い声をもらした。
「お互い決め手に欠けるなあ?」
余裕を持ちながら男の放った台詞は間違っていない。
如意棒は中距離、チェーンソーの届かない距離から攻撃できる。いくら切り離されても伸ばせば元通り。一方中距離からの攻撃を敵は無効化できる。攻撃を見切る目と、チェーンソーをふるう速さや技術は並外れている。
「なら、諦めてくれるか?」
期待していたわけではない。
「ぜってえ嫌」
だが、拒否の言葉に気分は沈む。
「幻影旅団に入れば、危険がいっぱいなんだろう? いっぱい人を切れるんだろう? 木はいくら切っても悲鳴あげないからつまんねえんだよ。ああ、もっともっともっと絶望を味わいてえ」
男は餓えていた。暴力に、死と隣会わせの高揚に。男の有り様は、多分すごく正しいのだと思う。人としては間違っているかもしれないが、蜘蛛の盗賊団としてはとても正しい。少なくとも俺よりは。
俺は暴力も死も好まない。けれど既に生き方として身に染みついてしまった。背中に彫られた刺青のように、刻みこまれてしまった。だから、蜘蛛の盗賊団を抜けたら何処へいけば良いか分からない。分からないものは怖いし、独りはもっと怖い。恐怖から逃れるために居場所を求める。だから、蜘蛛の盗賊団としては俺の方が間違っている。
それでも、譲りたくない。奪われたくない。
「俺も嫌だ」
奪われる前に奪ってしまえ。その命を奪うことに躊躇はない。
深呼吸を挟み、精神を集中させる。立てた作戦を頭の中で何度も反芻し、手順を確認する。
恐らく攻撃は全て防がれる。如意棒をふるう速さは、相手のチェーンソーをふるう速さより若干劣っている。けれど、素手なら恐らく優る。
如意棒は出さない。ただ左手にオーラを集中させて、相手の間合いに飛び込んだ。
「へっなかなか」
横から迫り来る刃を屈んで避ける。
「すばしっこいじゃねえか!」
斜め下から振り上げられる刃を横に飛んで避ける。
予想通り、いくらかの余裕をもって攻撃を避けることはできた。だが、流石に素手で反撃できるほどの隙は全く見せない。避ける方向をうまく誘導されている気がする。
チェーンソーの刃が震動する音を間近で聞きながら、ひたすら避け続ける。距離を空けるつもりはない。チェーンソーが届く距離で身体を動かしながら、じっと機会をうかがう。
そしてその時は訪れた。
度重なる攻撃に疲れた様子もない敵は、けれど膠着状態を打開するために後ろに下がり距離を取る。追いかけた俺の正面めがけて突き出された震える刃の側面めがけてオーラで覆った右足を蹴りあげる。刃の側面が此方に向いたのを確かめ、左の掌をそこに押し付けた。
刃の角度が悪かったせいか、指に激痛が走った。構わずにオーラでチェーンソーを覆う。以前棒をオーラで覆い、その先から如意棒を出した要領で、刃の反対側に如意棒を出現させる。そして、敵の右目を正確に狙い。
「伸びろ」
己の武器から相手の凶器が迫り来るとは予想していなかった敵は、怯みながらも顔を反らした。如意棒は耳を掠めるだけで空を突く。
でも、避けられても別に構わないんだ。真の狙いは別にある。
右手は既に獲物を捉えていた。チェーンソーを持つ敵の左手を覆っている。相手が如意棒を避ける為に注意をそらした隙をついて、ぎゅっと持ち手を握る。
「切れ味、見せてくれよ」
全力で押し込んだ。チェーンソーのよく切れる刃が相手の足を目掛けて降り下ろされる。
絶叫が響き、鮮血が飛び散る。
血にまみれ、自らの能力で両足の膝から下を失った男を見下ろした。
「嘘つき。掃除必要だろ、これ」
掃除要らず、なんていう能力名は変えて欲しい。俺の服が血まみれだ。
「あ、あ」
信じられないと言いた気に血の噴き出す両足を凝視している男に聞いている様子はない。
今更改名する必要はないから構わないか、と思い直す。激痛故に消滅したチェーンソーと共に消えた如意棒を、再び出して右手で振り上げる。
「悪いな。俺は拷問の趣味はないんだ。悲鳴はただ耳障りなだけだ、って聞いてないか」
技もなく、ただ男の側頭部を殴りつけた。衝撃に抗わず、男の身体は横に倒れこむ。掌にじんじんと人の命を奪った感触が広がっている。その命は既に無いにも関わらず、両の足から鮮血が流れ続けているのが妙に印象的だった。
「随分苦戦したなあ」
「これ誰が掃除すんの?」
「ふあ。ああ、終わったか」
がやがやと騒ぎ出す外野に、意識が現実へと戻ってくる。それと共に指がかあっと熱をもち、断続的な痛みが襲ってきた。視線をやれば、小指の第一関節から先がなくなり、男の両足のように血が噴き出ていた。
「ってえ」
なんとか悲鳴を押し殺し、ぼやきに留める。右手で小指の根元を握り、出血をおさえる。
「誰か縛るもの持ってないか?」
掠れる声で援助を求めれば、やっと俺の怪我に注意を払ってくれる気になったらしい。心配してくれとは言わないが、あまりに薄情すぎやしないか、こいつら。
「おっ。景気よく切れてんな」
言葉の選び方が明らかに間違っているのはフィンクスだ。目付きの悪い少年。近付き、怪我の様子を確認してから他の少年少女に向き直る。
「マチ! 治せるか?」
呼び掛けられた、端正な顔立ちの少女が首を横に振りながら進み出る。
「くっつける指がないから無理」
いつのまに出したのか、その手には糸が握られていた。
もし指があればそれで縫うつもりだったのだろうか。流れた血はそう多くないはずなのに、痛みに麻痺した頭で考えながら少女の動きをぼんやりと見守る。
マチが手首を一振りすると共に、ぎゅっと小指の根元が圧迫された。最後に勢いよく一筋になった血が飛び出し、小指は沈黙する。
そっと右手を離せば、細い細い糸が巻き付いていた。
「それで我慢しな」
「有難う、マチ」
既に糸をどこかにしまったマチは、確かに俺を視界に入れて口角をあげる。
「蜘蛛に関わる怪我なら無料で治してやるからいつでも言いな。礼も要らない」
くるりと向けられた背は凜と伸ばされていて、清々しい。確かに薄情なんだけれど、だからといって無情ではない。それで良い。それが良い。
「それにしてもお前ほんっと弱っちいな。この程度で怪我してたらすぐに四番変わるんじゃねえか」
横で呟くフィンクスに、一寸前までの考えを改める。
彼らはもう少し俺に優しくしても良いのではないだろうか。
「余計なお世話」
それでも、次回があってもわざと負ける気はない。戦ってやる。奪いとってやる。"普通"じゃない、俺にとっては"普通"となった世界で居場所を獲得する為に。
「蜘蛛の四番は俺のものだ」
絶対、誰にも譲らない。