暇潰し



 酒臭い空間。車座になりながら地べたに座り込み、本日の獲物を肴に彼らは宴を楽しんでいる。

「どうしたよ。元気ねえな」

 一人、輪から離れていた俺の肩に腕を回したのは大男、ウボォーギンだ。
 間近に迫る野性味溢れる顔を乱暴に肘で押し退ける。

「お前のせいだ」

 睨み付ければ、きょとんとした澄んだ瞳で見詰め返してくる。忌々しいったらない純粋さだ。

「お前が俺の獲物盗みやがったんだよ」

 獲物とは今彼らの中心にある曰く付きの像のことではない。それを守っていた念能力者のこと。
 思い至ったのか、ウボォーギンは歯を剥き出しに笑い、上機嫌で背を叩いてくる。

「悪い、悪い。まさかルークから逃げてる最中とは思わなくてさ」

 ぎりっと歯を噛み締める。

「確かさ、前に俺が間違えてお前の獲物殺った時、お前本気で俺に殴りかかってきたよな」

 ほんの数ヵ月前のことだ。仕事中に真剣な殺し合いに発展しそうになり、団長に力づくで止められたのは記憶に新しい。
 ウボォーギンは頬を掻きながら間の抜けた声を出す。

「そうだったか? 悪いな」

 完全に忘れている。間違いない。
 如意棒を握り締め、込み上げる衝動のままゆるりと立ち上がる。

「じゃあ俺も今の内に謝っておく。悪いな、ウボォーギン」

 一応、仕事の最中は我慢した。己の忍耐強さを心の内で誉め称えながら、如意棒を振り上げた。


「機嫌悪いな、ルーク」

 二人とも本気で戦っていたわけではなかったので、軽く諫めてきたフランクリンに従い、今ウボォーギンは宴の輪に戻っている。俺も如意棒を背にしまってフランクリンの言葉に反発することなく、大人しく静かにそっぽを向いた。

「獲物奪ったウボォーギンが悪い」

 ふてくされながらぽつりともらす。
 正確な歳は分からないが、年長者らしい余裕をもってフランクリンは大きな掌で頭を撫でてきた。もっとも他人事では温厚な彼も自分の事だとすぐに頭に血が上る一面があるのだが。

「早い者勝ちだ」

 低い声はいつもように少し掠れていて、その落ち着きが此方の冷静さを誘う。

「分かってる」

 口では認めながらも、かたくなに誰とも視線を合わせようとしない俺に、フランクリンは低く笑った。

「ルークは放っておきなよ、フランクリン。喧嘩相手がいなくて拗ねてるだけだからさ!」
「黙れシャルナーク」

 宴の輪の一員となっている少年を睨み付ければ、肩をすくめてフランクリンと意味ありげに視線を交わした。全てが苛立って仕方ない。

「そういえば、最近フィン見ないね」

 何故そこでその名が出てくるのか、涼しい顔で嘯くマチを一睨みしてやれば、何も口に出してないのに飄々と言ってのけた。

「ここ数年あんたらいつも一緒だろ?」
「いつもじゃない」

 ただ、仕事の時フィンクスと組まされることが多かったのは事実だ。接近戦に強く、一体一の戦いを好む強化系のフィンクスと、中距離戦に強く、一気にある程度の人数を相手にできる俺の組み合わせが良いらしい。性格的にも熱し易いフィンクスのストッパーを期待されている面があるといえる。
 そして確かに仕事以外でも一緒にいることは多かった。
 強くなりたいと思った。強くならなければ、蜘蛛にはいられない。今よりも、もっと、もっと。その為には喧嘩相手が必要だった。経験を積まなければ、強くはなれない。昔のように惰性ではなく、自ら危険に飛び込まなければ、強くはなれない。

「フィンクスは今ゲームに夢中だよ」

 簡単に挑発に乗ってくれてそこそこ強い喧嘩相手は、今は機械相手に戦うのに夢中だ。最初は誘われたが、ゲームに強くなっても現実には反映されないので断った。

「だから荒れてんだ」

 何故か納得する面々を、ぎろりと睨み付ける。

「暴れ足りないだけだ」

 誤解をとく為に念を押す。本気でフィンクスがいないことに寂しさは感じていない。純粋に、代わりの喧嘩相手に餓えていた。
 早く、もっと強くならなくては。焦燥は募るばかり。
 別に仕事中死ぬのは構わないが、最近ちょくちょく出てくる入団希望の奴らに四番を奪われることだけは許せない。

「まあまあ。結局さ、ルーク暇なんだろ?」

 強引な話題転換に苛つきながらも、シャルナークに視線を向ける。どこまでも胡散臭い爽やかな笑みが返ってきた。

「じゃあさ、暇潰しに付き合わない? ハンター試験」


「で、もしかして会場って此処か?」

 誘いの一ヶ月後、特にすることもなかったため頷いた俺は、シャルナークと共に眼前に広がる砂の海を眺めていた。

「そ。この砂漠のどっか。彼が案内してくれるよ」

 軽やかに言い放ち、シャルナークはジープを操る男の肩を叩いた。かくりと頷く男に生気はない。その首筋にはアンテナが刺さっており、操られていることは明確だった。
 全ての前準備はシャルナークがしてくれた。試験の申込みや、会場までの案内人の確保。自分から誘ったくせに手数料として金を取るのは気に食わないが、幸い金は余るほど持っている。蜘蛛の盗賊団での報酬は山分けされる上、フィンクスと暴れ回った日々で随分と金を巻き上げてしまったのだ。使う必要のない金は貯まっていくばかり。こういう馬鹿馬鹿しいことに使ってしまうに限る。蜘蛛の盗賊団に入ったばかりの頃、妹の情報を得るため金に苦労した日々が嘘のようだ。

「到着しました」

 機械的な響きで案内人が宣言した場所には、砂だけが存在した道中とは対称的に、白いパラソルが幾つか立っていた。並ぶように黒い柵で囲われた円形状の空間があり、わらわらと人が集まっている。

「さ、行こうか」

 ご苦労様、と言いながら案内人からアンテナを抜いたシャルナークは、悠々とジープを出て行く。追いながら横目で案内人を見やれば、きょろきょろと辺りを見渡しながら不思議そうに頭を捻っていた。

「消さなくて良かったのか?」
「目立ちたくないしね」

 白いパラソルに向かいながら肩をすくめるシャルナークに、納得する。
 俺はただの暇潰しだが、彼は本気でハンター証を欲しているらしい。なんでもハンター証があれば情報を得やすくなるそうだ。詳しくは興味が無いので突っ込まなかったが、目立ちたくないということは本音なのだろう。
 近付けば、白いパラソルの中には小柄な人物が待ち構えていた。シャルナークが俺を指さしながら受付を済ますのを少し離れた場所で待ちながら、受験者を観察する。
 それなりに人数がいると思ったのだが、近くから見ればそれほどでも無かった。二百人前後、といったところだろうか。試験が始まる前から闘志をむき出しに辺りを警戒している奴が多く、大したことがなさそうだと落胆を抱く。

 強い奴と戦いたい。親代わりが、戦い方を教えてくれる人がいないから、戦いながら自分で相手の強さを盗むしか強くなる方法が分からない。
 それでも最近は限界を感じていた。フィンクスとやり合っていて、身体能力は随分向上したと自分でも思う。けれどもまだ足りない。突破口は見えているのだ。けれどどうやって突破すれば良いか分からない。蜘蛛の盗賊団と一緒にいてもきっと掴めないのだと、それだけは分かる。だからこそ、今回のシャルナークの提案にも軽々と乗った、という一面もある。

 そう簡単にはいかないか、と諦めながら受験者から目を離そうとした時だった。澄みきった綺麗なオーラの流れが目に留まった。念能力者は他にも幾人か受験している。けれども、その誰よりも粗削りで、それでいて目を離せない程の輝きをその男は放っていた。
 視線に気付いたのか、男が此方を向く。こみあげる喜びのまま笑いかければ、男は小さく眉をひそめる。敵意を閃かせる、眼鏡越しの黒い瞳が実に好ましかった。

「終わったよ」

 肩を叩かれ振り向けば、シャルナークに丸いバッチを渡された。212番、と真ん中にあった。既に211番と書かれたバッチを胸につけたシャルナークに倣い、何の飾り気もない白いシャツにバッチを付ける。
 どちらからともなく黒い柵に向かって歩を進めれば、横でぼそりと呟かれた。

「暇潰しにはなりそう?」

 低い柵を乗り越え、ちらりと先程見付けた男に視線をやる。男は既にあらぬ方向を見ている。そいつを眺めながら、答えを返した。

「ああ。思ったより楽しめそうだ」

 早く、戦いたい。
 静かに闘志を育て、想像に浸っていた時だった。気配を隠す様子もなく此方に近付いていた男が、人の良さそうな笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「よう。お前らハンター試験は初めてか?」

 ちらりとシャルナークを見やれば、興味なさそうに視線を外された。対応は俺がしなければならないらしい。

「ああ」

 面倒くさいと態度で示したのだが、男は怯まず身体を乗り出してきた。

「やっぱりな。俺はトンパだ」

 此方の気の無さにめげず、ひたすら男は口を動かし続ける。
 ハンター試験の常連であること。新人に色々と教えるのが趣味であること。今年の要注意人物のこと。
 どうやら顔が広いらしいと、その一点にのみを注意をひかれる。試しに此方から質問してみれば、嬉しそうに答えをくれた。

「ああ。あいつもお前らと同じルーキーだ。心源流拳法の門下生らしい」
「有難う」

 初めて笑いかける。忽ち男も笑顔になり、懐から飴を取り出した。

「良いってことよ。ほら。甘い物でも食って頑張んな。そっちの奴の分も」

 話しかけてきた時と同様、強引に掌に二個の飴を握りこませる。そしてあっさりと背を向けて去って行った。
 その後ろ姿を眺めながら、掌をシャルナークに向けて差し出す。

「いるか?」
「うん」

 やけに可愛らしい包みを開けて飴を口に含むのを確かめてから、俺も口に入れる。あまりに馴れ馴れしい態度に警戒していたのだが、シャルナークが大丈夫なら俺も食べて良いだろうと判断したのだ。
 爽やかなレモン味が口内に広がる。

「麻痺薬かなあ」

 のんびりとした呟きが耳に届き、思わず飴を吐き出した。じとりと睨み付けるも、動じないどころかたしなめてくる。

「勿体ない。美味しいのに」
「麻痺薬入りなのに?」

 シャルナークは肩をすくめて視線である方向を指す。それを辿れば、すぐに人混みの中、恐らく本人なりにこっそりと此方をうかがう先程の男が見付かった。

「新人潰しのトンパ。受験者の間じゃ有名だよ」

 吐き出した飴を見ながら目を細める。わきあがるのは、傍らの少年への怒りだ。何故俺に教えなかったのか。
 シャルナークは悟ったのか、飴を舐めながら理由を告げてくる。

「ま、ルークも問題ないと思うよ。流星街で過ごせるってことは大抵の薬や毒に耐性ついてるってことだし」

 怒りが膨れ上がり過ぎて、呆れに変わった。
 初めて流星街に行ってから五年。今では普通に過ごせるようになったが、初めての数年はきつかった。あれは耐性をつけていたのか、と納得し、知らぬ間にどんどん裏社会に馴染んでいる己の身体に呆れた。

「あっそ」

 今思うのは、確かに飴が勿体ない、それくらいだ。


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捏造設定
シャルナークのハンター試験受験時期は原作に明記なし
心源流の人も原作に明記なし

 

 

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