妨害工作



「では合格者は15名ですね」

 至極あっさりと第二次試験は終了した。

 列車の上で風になぶられること一時間。砂漠を抜け、点々とする集落で降ろされた受験者達が案内されたのは、小さなログハウスだった。ところ狭しと並べられていたのは、俺には価値の分からない宝飾品から家具、そして武器まで数百種類はあろうかという雑多な品物。そして、試験官の女は自らを骨董品ハンターと名乗り、高らかな声で宣言した。

「第二次試験はこの小屋の中から、製作後二百年以上経っているもので現在それ一品しか存在しない物を探し出すことです。制限時間は一時間。私の元に持って来るのは一回のみ。質問は受け付けません」

 小屋の中に一体幾つの正解が存在しているのかすら分からない状況で、俺は傍らで涼しい顔をしている少年に視線をやった。

「50万」

 ぼそりと呟いたのは、正解の情報料。
 シャルナークは試験官に視線を固定しながらも、口許に悪どい笑みを浮かべる。

「100万」
「60万」
「無理」

 小さく舌打ちする。絶対一次試験の時の仕返しだ。

「80万」
「90万」

 ふう、と息を吐き出す。なんとなく癪に障るだけで、簡単に出せる金額ではある。

「了解。90万で」

 迷いなく示された猫の置物を持って試験官の女の元へと行けば、一番乗りであっさりと合格を言い渡された。殺気立った受験者の様子を眺めるのが面白い。
 次に合格したのは、小さな宝石に飾られたオルゴールを持ってきたウイングだった。少し間をおき、ちらほらと合格者が出始めたところでシャルナークも何食わぬ顔で合格を手に入れていた。

 第一次試験を合格した38人からその半数以下になった受験者は再び列車に詰め込まれる。暫くは俺も屋根の上で変わりゆくのどかな風景を楽しんでいた。列車は人気のない荒野を突き進み、段々と緑が増えていく。
 そして列車が止まったのは、こんもりとした小山の麓だった。
 列車から吐き出された受験者に紛れるように列車の屋根から降り、集団を待ち受けるように一人仁王立ちしていた男の元へと向かう。全員が集まったのを確認してから男は口を開いた。

「15人か」

 思案するように人数を口にし、腕を組む。瞼を閉じ、少ししてから男は再び仁王立ちになって受験者を見渡した。

「第三次試験はこの山で行う。期間は三日間。ルールを守りながら無事に生き残ることができれば合格だ。この人数なら一グループでいけるだろう」

 独り言のように付け足してから、懐からネックレスを取り出し皆に見えるよう高く上げる。
 銀の鎖でできたシンプルな形のネックレスの中央部分には、青い液体の入った小瓶が繋がれていた。

「ルールは二つ。一つ目。誰でも良いが"生きている"受験者一人がこの小瓶を身に付けること。これが守られなかった場合は全員不合格。持ち手が交代する場合は30分以内に受け渡しを済ませること」

 "生きている"を強調するあたり、物騒な試験になるのだろう。望むところだ。

「二つ目。この小瓶から半径300m以内で生活すること。これは守れなかった個人が失格になる。見えないところに監視を付けるから誤魔化せると思うなよ」

 段々と試験官の狙いが読めてくる。

「棄権したい場合は、瓶から300m以上離れれば迎えを寄越す。命を大事にしろよ? あと山腹に拠点となる小屋は用意してある。以上だ。三日間、せいぜい楽しめ」

 宣言し、男は地面に小瓶のかけられたネックレスを置いた。受験者達は恐々とそれを眺めながらも、誰も動こうとしない。
 試験官は怖じ気付く受験者達に目を細めて再び口を開いた。

「三十分以内にそれが誰かの手に渡らない場合、全員失格とする」

 ちらりとシャルナークを見れば、無視された。動く気はないらしい。仕方なく、一歩踏み出した時だった。

「あ」

 声が重なる。同時に動いた男と視線が重なる。
 ウイングだった。

「どうぞ」

 自ら危機に飛び込むというのなら止めはしない。素早く元の位置に戻れば、ウイングは警戒しながらも歩を進め、地面に落ちたネックレスを取ろうとした。

「待て!」

 かかった制止の声に、ウイングの動きが止まる。

「確かお前、一次試験の時一番乗りで合格したよな?」

 皆の視線が小太りの男に集まっていた。

「ええ。それが何か?」
「おかしいと思わねえか? 梯子が落ちたのに、お前は一目散に縄に飛び付いた。縄は大丈夫だって知ってたんじゃねえか?」

 不穏な空気が辺りに広がる。受験者達のウイングを見る目が不審気なものに変わる。

「何が言いたいんですか?」
「今だって真っ先に動きやがって。この試験で何が起こるのか、知ってんじゃねえか?」

 シャルナークがふあ、と気の抜けた欠伸をもらした。被せるように誰かがイカサマだ、と呟く。ウイングの表情が険しいものに変わる。

「おい、ちょっと待てよ。確かに第一次試験の時はたまたま縄が当たりだったけどよう」

 69番のバッチをつけた人の良さそうな顔をした男が割って入る。ウイングの弁護でもするのだろうか、と黙って聞いていれば、風向きが変わった。

「第二次試験は違うじゃねえか。それを言ったら第二次試験一番合格で今真っ先に動いた212番も怪しいんじゃねえか?」

 小太りの男の口許に笑みが浮かんだのを見て、額に手を当てた。
 飴をくれた新人潰しの男、確か名前はトンパだ。たとえ己の主張が通らなくても、ウイングと俺、新人への風当たりが強くなれば良いのだろう。69番も面倒なことをしてくれたものだ。

「俺は別にどう思われても構わないけど。ハンターになりたいわけでもないし」

 早々に試合放棄を宣言する。面倒事に巻き込まれたくはない。

「おいっ。一体どういうことだ!」

 69番が突っかかってくるのを軽くいなす。

「勝手にやってろっていう意味だよ。俺はその小瓶を持たない」

 きっぱりと言いきって受験者達の輪から離れれば、視線が多少気になるものの、追ってくるものはいなかった。
 トンパやウイング、69番に加え、三人ほどが加わり論争になっている。イカサマ呼ばわり、試験官への点数稼ぎ、それらに対する反論や弁護が入り交じる。その内何故か第二次試験に受かった理由の暴露大会に話が移っていく。

「俺は槍使いだからな。名品の槍はすぐ分かった」
「私は宝石好きの師匠から話を聞いたことがあったので」
「俺の父ちゃんが家具職人なんだよ!」

 和気藹々としているのか、自慢大会をしているのかよく分からなくなってきた頃、気配を消していた試験官の声が響く。

「あと三分」

 我に返った受験者達が気まずそうに視線をそらせ、結局論争に加わりながらも一番冷静さを保っていた受験者、288番が小瓶を持つことに決まった。

 ネックレスを首にかけた288番を中心に、受験者の集団は移動を始める。生活拠点となる山小屋はすぐに見付かったのだが、再びトンパの発言で場は荒れた。
 焦点となったのは食料の調達方法だ。川で魚を捕るか、それとも獣を捕るか。二手に分かれれば良い話だが、二つ目のルールがそれを拒む。小瓶から300m以上離れてはいけない、という行動範囲の制限に皆が苛立つ。

「だから、俺は川に行くって言ってるだろ。だから288番はこっちだ」

 川へ魚や水を調達しにいく班とこの近くで獣や薪を調達しにいく班に分かれると主張したのがトンパだ。その上で自分の班に小瓶を持つ288番を入れようとしている。

「ルールがあるのだから、多少時間がかかっても皆一緒に行動すべきです」

 それに真っ向から反論しているのがウイングだ。勝手にトンパが288番を連れて300m以上離れてしまえば、もう一つの班は全員失格だ。そして、トンパは信用できないという真っ当な判断を下している。

「なあ」

 激しく交わされる口論を聞き流しながら、小声で傍らの少年に話しかけた。
 木に背を預けたシャルナークは、根本に座る俺に視線もくれず、口だけを動かす。

「何?」
「ハンターってさ、集団行動必要なのか?」

 疑問に思ったのだ。第一次試験では度胸と、体力を。第二次試験では知識を試されているのだと思った。そして今、第三次試験で試されているのは、集団での行動力だ。
 トンパはそれを理解した上で、わざと場を荒らしている。恐らく彼にとって合格は重要な目的ではないのだろう。ただ、自らの手で陥れた新人の様子をみて楽しんでいる。下種だ、と思う一方、ウイングのような人間よりも親近感はわく。真人間は、眩し過ぎる。

「うん」

 あっさりとシャルナークは肯定した。

「どんなハンターになるか、にもよるけど、雇い主の意向で複数行動強制されたり、同じ目的持ったハンターがその場限りのチーム組んだりはよくあるみたいだよ」
「よく知ってるな」
「常識」

 挑発文句に、背に負った如意棒を一瞬にして伸ばせば、さっと身をかわされた。木から一歩離れたシャルナークが此方を振り返り、視線が交わる。嫌な笑みを見せてからすぐに背を向け、シャルナークはそのまま俺から離れていった。
 シャルナークとの相性は悪いと思う。いつもいつも、俺より先を見通して動いている気がしてしまう。掌の上で転がされ、しかも最終的にそれを受け入れてしまっている自分がいる。団長も同じ。だから、団長とシャルナークは少し苦手だ。

「ねえ」

 話しかけてきたのは、15人中ただ一人残っていた女の受験者だ。

「何?」
「これからどうなると思う?」

 まだおさまりそうもない口論を続けている受験者達を眺める。開始前と違い口論に入らず、口をつぐみ腕を組んでいる288番を認めてから答えを返した。

「288番がおさめるだろ」

 言ったそばから、彼が動いた。一歩前に出て、ウイングともトンパとも距離も取りながら朗々と声を響かせる。

「二手に分かれよう」

 落ち着いた声音。集団をまとめることに慣れているのだろうと感じる。
 深い仲ではない場合、集団において重要になるのはルールを決めることだ。そのルールが妥当であり、個人の権利を侵害しない限り、人は従う。もっとも金や力で人を従わせることもできる。俺が蜘蛛に入った当初、アリスの情報に加えて刺青の呪いに縛られたように。
 受験者達から反論が出る前に言葉は続いた。

「ただし、俺は此処にいる。各自が此方から300m以内の範囲で行動すること。勝手に遠くへ行って不合格になったら自分の責任だ」

 有無を言わせない口調で告げられた言葉の内容は、こういう結論になるだろうと容易く予想できたものだった。恐らく同様の結論が出ていながらも、トンパの暴論に反論せずにいられなかったのだろう、ウイングはあっさり引き下がる。そしてトンパも潮時とみたのか、渋々頷いた。
 そして表面上は大した事件もなく食事を終え、山小屋の中や或いは外で受験者達が寝静まった頃、本当の試験が始まった。


| |  

 

 

-Powered by 小説HTMLの小人さん-

inserted by FC2 system