少年の話3



「あんたさ、歩けるんでしょ?」

 サンと同居を始めてから五ヶ月が経った頃、エレノアは食事を届けに行くついでに尋ねてみた。
 酔った父親から母親が賞金首だったと聞いて以来、エレノアは自分からサンに話しかけるようにしている。
 初めはお早う、こんにちは、こんばんはの挨拶のみ。驚いていたサンも最初は恐る恐る、今では自分から挨拶を返してくる。
 その後の会話は主に念能力の修行について。サンは自分の念能力が発動する感覚を覚え、少しずつ制御できるようになっているのだという。それでも、部屋に飾ってある毎日父親が替えているはずの花が時折萎れていたりするらしく、本人はその度に落ち込みを露にしている。
 しかし、そんなことはエレノアにとってはどうでも良い。
 サンは元々病弱だ。よく熱を出すし、血を吐くことだって珍しいことではない。だからこうして修行以外は寝たきり生活を送っているのだが、それでは良くないとエレノアは思うのだ。

「ちょっとでも歩けるなら居間に来なさいよ。いつまで私に食事届けさせる気なの?」

 部屋に籠っていれば、自然と気持ちも暗くなる。サンに元気になってもらいたいとは決して思わないが、余計な労力を費やさないで良いならそれに越したことはない。
 いつもは返答を濁しがちなサンは、今回に限っては即座に首を振った。

「無理だよ」

 腹が立った。サンと接していると頻繁に抱く怒りの元ははっきりしている。

「無理って言い張るのは努力してからにしなさいよ。部屋っていうかベッドの上から降りる気配すらないじゃない」

 基本的にサンは暗くて消極的で、全てに対して否定的な傾向にある。正反対の性格のエレノアには、サンの思考が全く分からなかった。
 そしてもう一つ。エレノアが少し強く言えば、サンは途端に押し黙る。そうやって自分の殻にこもられるのが、何より嫌だった。

「言いたいことあるならはっきり口に出しなさいよ。女々しいわね」

 自然と口調はきついものになる。その厳しい詰問口調が相手の口を閉ざすのだと、まだエレノアには察することが出来なかった。

 だんまりのサンを置いて足取り荒く居間へと戻ったエレノアを待ち受けていたのは父親だった。

「サン君はどうだった?」
「さあね。父さんの方が詳しいでしょ?」

 今日こそサンを部屋から引き摺り出してやると意気巻きながら乗り込んだのだ。その答えを父親が欲しているのだと分かってはいたが、エレノアは膨れっ面になりながら見当違いの答えを返した。
 態度から察しがついていたらしい。父親は苦笑をもらす。

「僕もどうにかしたいと思ってるんだけどね。今だに修行中もベッドの上から降りてくれないし。多分彼にとって安心できるのはあの小さな空間だけなんだろう」
「はあ? 修行中も?」
「ははは」

 返ってきた笑い声には否定の色も苛立ちもなかった。代わりに仕方のない子に向けるような呆れと、ゆっくりと成長を見守る鷹揚さがみてとれる。

「父さん甘過ぎ。そんなんだからあいつが付け上がるんだよ」
「まあそうカリカリしないように、エレノア。そんな風に責めたらサン君は益々縮こまっちゃうだろう?」

 たしなめる矛先が何故サンではなくエレノアの方になるのか、納得いくはずがない。もちろん父親にもその苛立ちは伝わったようで、宥めるように頭を撫でてきた。続く静かな声は、いつも師匠として接する時に父親が出す声で、無条件でエレノアの胸にすとんと落ちてくる。

「サン君が戦ってるのは、自分自身なんだよ。人に危害を加えることができる自分の念能力を、ひどく恐れている。今は大分コントロールできるようになったがね。ベッドの上から出れば体力を使う。その分能力暴走の可能性があがると考えているようだ」

 冷静さを少し取り戻したが、素直に同意できるわけではない。
 エレノアにとってサンはまだ許容できない悪人のままだ。いくら触れ合っても苛立ちは増すばかり。結局は弱いサンが悪いとしか思えない。
 体力面での弱さではない。身体が弱い人は沢山いる。しかし、その弱さを念能力で補っているくせにその念能力の代償を受け入れられない弱さが、エレノアは気に食わない。
 念能力は、意志の強さがその力を支えている。つまり、故意ではなく無意識とはいえサンは生きたいと、強くなりたいと、そう願ったはずなのだ。念能力が発動したのは生まれたばかりの時だというから、赤子の時から根付いているはずの尋常でない強さの生への欲求。それを認めようとせず、弱々しくあろうとする様が、エレノアの怒りを誘う。
 決してユーリを殺したことを許すつもりはない。しかし、ユーリの生気を吸いとった張本人が生への執着を認めないことも、許せるはずがなかった。
 むっつりと押し黙ったエレノアに、父親はふむと考えこみ、そして楽しげに口端をあげた。

「でも、そうだね。いつまでも待ってても、きっと彼は自分からは出てきてくれないよね」

 悪戯を思い付いた子供のようににやつきながら、父親はある計画をエレノアに告げた。

 三日後のこと。父親が泊まり掛けの仕事へと出掛け、その旨サンにも伝えた。父親のふざけた計画の準備は整ってしまった。
 深夜、居間に待機していたエレノアは、ちらりと時計を確認してから小さく息を吐き出す。

「本当にこんなんで上手くいくのかしら」

 居間の隅、黒い影が頷いて早くやれと手で促してくるので、仕方なく大きく息を吸い込み、そして叫んだ。

「きゃー!」

 普段は絶対に出さない高い声。恥ずかしさが先に立って若干棒読みだが、勘弁して欲しいと思う。

「誰か助けて!」

 演技の不味さは声の大きさで誤魔化せとばかりに喉を震わせる。それから影が動いたのを確認し、叫びながら移動を開始する。
 現在地は居間。目的地はサンの部屋。一本道の廊下を進めばすぐに辿り着いてしまった。
 サンの部屋の前で一度故意に悲鳴を途切れさせてみる。途端に落ちた静寂に、エレノアは心中で舌打ちをかました。
 果たしてサンは呑気に寝ているのか、それとも怖がって出て来ないのか。何も言わない扉を見詰めても答えは出て来ないが、その静寂は拒絶であると感じた。
 エレノアの胸がつきんと痛みを訴える。たとえ嫌う相手であろうと、無視されることは、ひどく悲しい。演技であろうと、自分が危機的状況にあるというのに助けがないことが、ひどく悲しい。
 しかし、エレノアはそれを悲しみと捉えない。感情の渦巻きを怒りと名付け、扉に叩きつける。

「ちょっと! か弱い女の子が不審者に襲われてるのよ! 助けなさいよ!」
「エ、エレノア。もうちょっと悲壮感を出した方が僕は良いと思うな」
「父さんは黙ってて」

 黒い影が小声でたしなめてきたので、腕を振って追い払う。ぐだぐだ過ぎてもう作戦などどうでも良いと諦め始めたエレノアの耳に、その時咳をする音が届いた。
 二人同時に息を止め、扉の向こうの様子を窺う。再び、今度は何かにぶつかったような物音が数回。少しずつ近付いてくるそれに、黒い影が手振りで促してきた。はっとしてエレノアは演技を再開する。

「きゃー。殺されるう!」

 既に作戦失敗の文字が頭をちらつき始めていた為に、声に悲壮感をもたせることは難しかった。それでも本人なりに懸命にそれらしい台詞を選び部屋の前で喚いていれば、やっと扉がゆっくりと開く。
 何も見えない。部屋の向こうに暗闇を見てそう判断したエレノアは、一瞬後にすぐ気付いた。
 サンは確かにそこにいた。床に這いつくばり、扉の取っ手を回したことで力尽きたのか、べちゃりと倒れ込んでいる。恐らくずっとベッドから出ない生活をしていたので足の筋肉が萎えていたのだろう。
 エレノアは何と発言するべきか非常に迷った。本音を言えば怠慢を罵りたいが、状況を考えればそうもいかない。かといって芝居を続けるのであれば、倒れ込んだ少年に助けを求めるべきなのか。むしろ彼の方が助けの必要な状態だ。
 沈黙が広がった気まずい空間。第一声を発したのは父親だった。

「まだ餓鬼がいやがったのか。目撃されたとあれば仕方ない。二人纏めて仲良くあの世へ送ってやるぜ」

 裏声だが、エレノアの耳には父親の声にしか聞こえなかった。しかも台詞回しが妙に演技がかっていて嘘臭い。
 演技の下手さは遺伝するのだな、と考えたエレノアはもう作戦の失敗を覚悟していた。一応設定は、盗みに入った暴漢と、目撃して殺されそうになっている娘、なのだが、どう考えても無防備なサンとエレノアに攻撃する気配のない暴漢に説得力はない。
 むくりと腕に力を入れてサンが顔を上げる。声の主、暴漢設定の父親へと真っ直ぐ向けられた視線には、意外にもエレノアに伝わるほどの敵意がありありと乗っていた。

「サン?」

 エレノアは戸惑っていた。サンは健康的な意味で無事なのか。そして、芝居は続行すべきなのか。
 その時戸惑いをふっきるような力強い声をあげたのは、サンだった。

「僕が相手になる。彼女には手を出すな」

 頼もしい台詞を吐き出した少年はぷるぷると手足を震わせながら漸く立ち上がる。が、すぐによろめいて半身を壁に預けた。

「サン……」

 名を呼ぶことしか出来なかった。あまりにもサンは頼りなさ過ぎた。
 何でこんなことになってるんだっけ、と遠い目をしたエレノアの内心はひどく白けている。自主的に部屋から出てもらうという第一の目的は達成できたのだし、いっそのこともう演技だとバラして良いのではないだろうかと口を開きかけたその時だ。

「ははは。そんな弱腰で何が出来るというんだ」

 父親が悪乗りしていた。

「あとで可愛がってやるから坊やはすっこんでな。先にそっちの可愛子ちゃんと遊んでもらうとするか」

 無造作に伸ばした手がサンの肩に乗る。接触にサンが身体を震わせたと同時、細っこい少年は再び床に叩きつけられた。

「っ」

 父親はあまり力を入れてなかったはずだ。それでも肩を押されただけであっさりと転がり苦しげに呻くサン。
 その情けない姿に、猛烈にエレノアは腹が立つ。この期に及んで弱々しい姿を晒してくるサンが、許せなかった。どうもサンはこの演技に騙されてくれているようで、だから本気で命の危機だと思っているはずなのに念能力を発動させる気配もない。一体あと何をすれば彼の琴線に触れることができるのか。
 腹筋に力を入れ、思いっきり息を吸い込む。そうしてエレノアは発するべき言葉を無意識の内に選びとった。

「助けて! 死にたくない!」

 賞金首に殺された被害者の人達が最期願っただろう強い思い。サンが念能力を発動した時に願っただろう原始的な欲求。
 これで無反応だったらもう無理だと諦めを含みながらエレノアが放ったその言葉は、結果としてサンが最も疎み彼の内に最も強く根付く感情を刺激した。
 がばりとサンは顔をあげて、必死に床を這い、そして腕を伸ばした。その先には父親の足。

「助ける、んだ」

 自分に言い聞かせるように声を絞り出し、目前の足を掴み取る。
 念能力を使ったのだと、エレノアにもはっきりと分かった。サンの手にはまった手袋から電流が走ったのだろう、ばちばちと派手な音がして、それから父親が脱力したようにその場に崩れ落ちる。
 エレノアは確かに見た。床に倒れこんだ父親が彼女にだけ分かるように問題ないと小さく手を振るのを。上手く能力の加減が出来たのだろう。
 計画の目標は実は二つあった。一つ目は、サンを自発的に部屋から出すこと。そして二つ目は、サンに念能力を使わせること。無事に二つが達成され、ほっと息をついたエレノアは、一拍置いて様子のおかしいサンに気付いた。

「ちょっと。大丈夫?」

 へたりこみ、父親の足を握っていた手を声もなく凝視している。心なしか血の気が引いてるようで、慌てて父親の身体をまたぎながら近寄ろうとしたエレノアに、サンは気付いた。
 後ずさろうとして尻餅をつく。思うように動かない身体に、もどかしそうに舌打ちして、此方に寄るなと主張するように掌を向けてくる。

「来ないで。傷つけたくないんだ。本当なんだ。もう誰一人死なせたくなんてないんだ」

 声さえ震えていて、エレノアは動きを止めた。少しでも刺激を与えたら壊れてしまうと思ったのだ。それほどに、念能力を使ったことに少年は動揺していた。

「僕は、生きたいって、死にたくないって思って。ただそれだけで」

 言って頭をかきむしる。

「こんなことになるなんて思ってなかった。痛いのも苦しいのももう嫌で、その代償がこんな惨めな生き方だなんて思ってなかった」

 堰をきったように吐き出された言葉は、深い後悔に溢れていた。
 エレノアはぐっと拳を握り締めて、殴りたい衝動を堪える。
 目の前の悪人は、自身の犯した罪に対してひどく悔いていた。その姿を眺め、もっと苦しめと願う己を自覚する。罪と同等の痛みを味わえとせせら笑う己を自覚する。しかし、それと同時に憐れみを抱きそうになっていることも自覚してしまい、そうさせたサンが許せなかった。
 悪人に、同情など必要ない。その決意を崩す要素は排除しなくてはならない。彼の吐き出す綺麗事は、欺瞞でなくてはならなかった。

「あんたは一体何がしたいの?」

 後悔ばかりを吐き出すサンの欺瞞を暴く為の言葉だった。
 エレノアの想像上でサンはこう返答する。それでも生きていたい。弱々しい姿を装おって、自己の欲求を押し通そうとする。それが彼女の中の汚い悪人の胸の内だ。
 そうしたら何と言って罵ってやろう。そこまで想像したエレノアの前で、サンは口を開いた。

「助けたいって思った。君を」

 いまだ震えながら、けれどもサンの目は真っ直ぐエレノアを捉えていた。

「ごめんなさい。僕なんかにそんなこと出来るはずないのに」

 予想していなかった返答に固まったエレノアを前にサンは慌てて弁解する。

「それでも、だって、君は。ユーリが言ってたんだ。大好きな友達がいるって。エレノアっていう可愛い女の子。君のことでしょう? 君は、ユーリの友達で。だから、絶対に助けなきゃって思ったんだ」

 じっと自分の小さな手を眺めて、それからサンはゆっくりと暴漢設定の父親へと視線を流した。倒れ伏した背中はゆっくりと上下していて、呼吸があることを確認できる。サンは殺していないという安堵の為か深く深く息を吐き出し、再びエレノアを見やった。

「エレノアが、無事で良かった」

 そして、彼は小さく微笑んだ。純粋に、エレノアの無事を喜んでいるようにしか思えなかった。必死に欺瞞を探しても、見付からない。

「……よ」
「え? ごめんなさい。聞こえなかったからもう一回」
「あんた何なのよ」
「ええっと。ごめんなさい」
「謝らないで!」

 何のことか理解していない様子のサン。当たり前だ。エレノアだって自分が何を訴えたいのかさっぱり分からない。
 ただ、胸の内がひどくざわついていた。サンの声を聞いていたくなくて、耳を塞ぐ。それなのに、頭は勝手に彼の言葉を繰り返す。
 何がしたいのかと問うて、ユーリの友達だから助けたいとサンは答えた。それはエレノアに理解できる答えだった。けれども納得したくない。悪人に情があることを、理解できる感情があることを、認めたくない。

「もう嫌。あんたといると変になる。なんなのよ一体。私を助けたい? 満足に歩けもしない癖に何言ってんの? 私の方がずっと強いわよ」

 俯きながら一息に言い切って、荒い息を吐き出す。何も返ってこないことを訝しみ視線をあげれば、サンは口をぱくぱくと開閉させて、結局蚊の鳴くような微かな声を発した。

「ごめん、なさい」

 萎縮するサンからは先程見せた微笑はすっかり鳴りを潜めていて、気に食わないと感じる。
 何故気に食わないのか、エレノアは考えて、サンを見詰めて、やっと答えを見付け出した。

「そっか」

 サンは先程父親からオーラを吸いとった掌を隠すように縮こまり、暗闇に浮かぶその瞳は諦めに浸かっていて。

「そうだよね。私の方があんたよりずっと強い」

 目の前の少年は確かに悪人だ。エレノアの認識は覆らない。けれど同時に、初めて父親の言葉を理解した。
 目の前の少年は、泣いている子供だった。
 どうして良いのか途方に暮れる、凶悪な念能力をもてあました子供で、満足に歩けもしないのにエレノアを助けようとした馬鹿だ。

「あんたがユーリを殺したこと、私は絶対に忘れない」

 それは自分への宣言だった。ユーリという大事な人を失った悲しみを忘れることがないと同様、彼の罪を忘れることは決してない。
 ユーリの名にぴくりと反応を示したサンを、正面から見据える。視線を反らしては駄目だと思った。この暗い瞳と向き合わなければと己を奮い立たせた。

「でも、あんたはユーリの友人だった。私がユーリの親友だったように、あんたはユーリの大切な人の一人だった」

 ずっとずっと認めたくなかった記憶が甦る。
 最後ユーリと別れた時、彼女は放っておけない子の看病があると言っていた。すごく病弱で、傍にいてあげたいのだと、柔らかい笑みで言っていた。
 ぐっと押し寄せる悲しみを、唇を噛み締めて堪える。涙腺が緩みそうになって、けれど崩壊する前にサンが泣いた。音もなく、彼は静かに泣く。
 それを見て、少しだけ思った。いつか彼とユーリの話をする日がくるかもしれないと。同じ記憶を、共有することができるかもしれないと。

「私は、多分今のままのあんたを許すことは出来ない。だってあんたはユーリを殺した。故意じゃなくても、あんたは犯罪者だ。たとえこれから一生念能力を使わないで部屋から一歩も出なくても、罪が消えることはない」

 エレノアの認識では、罪は一生ついて回るものだった。そして今、罪を償うという行為について彼女は懸命に考えて、一つの答えを出した。

「だからさ、これからはその念能力を良いことに使いなよ。悪い人を捕まえる為に。今のあんたはマイナスだ。オーラが欲しいなら私があげる。それでちょっとマイナスが増えても、いっぱい良いことすればいつかはプラスマイナスがゼロになる日が来るかもしれない」

 オーラを取られることに嫌悪感がないといえば嘘になる。だから敢えてエレノアはマイナスという言葉を選んだ。けれど、良いことをすれば良いと思ったのは本当だ。

「僕が、良いことを? できるかな」
「やるの!」

 だって、できると思ってしまったのだ。サンはエレノアを助けようとした。それだけで罪が帳消しになるわけではないけれど、今までの自分の世界に籠っていたサンよりずっとマシだった。

「そうしたら、いつか私、あんたのことを許せるかもしれない」

 ただの希望で、エレノアにとって深い意味をもった言葉ではなかった。
 けれどそれを聞いたサンは、くしゃっと顔を歪ませて、大声をあげて泣き出した。

 全てが演技だとバラしたのはその一時間後。漸く泣き止んだサンは暫く呆然として、けれども父親に向かって礼を言い、次の日からみっちり賞金首ハンターになる為の修行をつけてもらうよう頼んでいた。
 そして、エレノアも同様に厳しい修行を受け、15歳で賞金首ハンターとしての仕事をサンと共に始めるようになる。
 一体いつから情けなくて変なところで頑固なサンを放っておけなくて世話をやくようになったのか、正確な時期をエレノアは覚えていない。けれど、彼の存在を認める切っ掛けとなったこの出来事のことだけは、鮮明に記憶に刻まれることになった。
 同時にこの時、サンの胸にある誓いが芽生えたのだが、そのことを当時のエレノアが知ることはなかった。


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