ハンター試験



「よう、トンパ」

 シャルナークに教わった試験会場に辿り着き、真っ先にしたことは去年に引き続きトンパを探すことだった。
 新人潰しのトンパ。その名は伊達ではなく、また彼の持つ情報網も中々のもの。
 去年に引き続き快くご協力願おうと後ろから声をかければ、トンパは肩を跳ねさせてからゆっくりと振り返る。そして瞬きを繰り返した。

「ルーク?」

 恐る恐るといった具合に尋ねられ、小さく頷く。大きな動きをすれば、首の筋に負担がかかるのだ。
 本当にこの被り物は鬱陶しい。シャルナークに呪いの解き方を調べさせてはいるが、一向に分かる気配がない。面白がって調べていないのではないかと不安になる。

「ぷっ」

 吹き出す音に、トンパを睨み付ける。

「ど、どうしたんだよ、それ」

 どもっているのは、明らかに笑いを堪えているからだ。大きく膨らんだ頬と口許を軽く両手でおさえながら俺の頭を凝視している辺り、堪える気はないのかもしれないが。

「答える気は全くないから、今後一切この件には触れるな」

 言える訳がない。フィンクスが欲しがったお宝を横取りしてみて勝利を見せ付けるために被ってみたら、呪いのせいで取れなくなったなんて。確かに帽子を欲しがってはいたが、こんなピラミッド型の被り物、断じて俺自身は欲しくなかった。
 強い視線で念押しすれば、殺気を感じたのかトンパは勢いよく首を縦に振った。こういう力で容易く動いてくれるところは、存外気に入っている。

「で」

 この件はこれで終わりだと強引に話を変えた。

「今年の新人の情報全部寄越せ」
「良いぜ」

 トンパもがらりと表情を真面目なものに変える。次いで悪どく口端を上げた。

「10万ジェニーだな」

 意外と良心的なところも好評価だ。これがシャルナークなら、10倍はふっかけられている。

「了解」

 既に会場に辿り着いている新人の情報をトンパはすらすらと口にする。その中にはまだ年若い受験者の名も含まれていた。

「99番、キルア。こいつは要注意だぜ」

 トンパの視線を追えば、銀髪の少年が所在なさげに壁に背を預けていた。すぐに視線に気付き、トンパを見てにっこり笑いながら手を振ってくる様は無邪気といっても良い。
 横で顔をひきつらせているトンパは、恐らく今回も何か仕掛けたのだろう。俺の時は麻痺薬入りの飴だった。

「ほどほどにしとけよ。あいつはゾルディックの人間だ」

 忠告すれば、顔面蒼白になりながらこくこくと頷く。やはり、ゾルディックは暗殺一家としてそれなりに有名らしい。

「で、だ」

 頬をひきつらせながら強引に話を戻したトンパにならい、その視線の行き先を追う。

「123番、キャロル」

 それなりに身長はあるが、細身であどけない顔立ちはまだ少女と言っても問題ない。長い金髪を後ろで括った少女もすぐ此方に気付いた。僅かに瞳を細めたが一瞬の内に笑みを作り、キルアと同じようににこやかに手を振ってくる。

「あいつは俺の正体を知っていたみたいだ」

 トンパの言葉が耳を素通りしていく。一見して念使いだと分かる少女の顔、そして名前に覚えがある気がしたのだ。記憶を探るのに、まるで何かに邪魔されているように出て来ない。

「次は」

 しかし、トンパの説明は淀みなく進んでいく。仕方なく疑念は一旦頭の隅に追いやり、耳を傾ける。

「エレノアペアだな」

 視線で示されたのは、大柄な女と小柄な男の二人組。ハンター試験の会場という緊迫感に張りつめた空気を意に介さず、仲が良さそうに談笑していた。

「エレノアペア?」
「ああ。アマチュアの賞金首ハンターとしてもう名が知られてる二人組だ」
「何でエレノア?」
「女の方の名前だ」

 なんでだ、と首を傾げる。見た限りだとどちらも念使い。それなりに名が知られていると言われて納得できるのに、何故女の名だけなのか。

「なんでも男の方、サンっていうらしいがな、そいつはすっげえ弱いらしい。エレノアにくっついてるだけの腰抜けだとよ」

 この短時間に聞き込みで調べたにしてはえらく詳しい。感心しながら、悪どく笑うトンパの心中を推測する。良い鴨だとでも思って潰す方法を幾つも考えているのだろう。彼の趣味である新人潰しを邪魔する気はないので放っておく。

「あとは」

 ぐるりと視線を巡らせたトンパは一点を見詰め、しかめっ面をつくる。その原因を確かめ、思わず眉をしかめた。
 全身にびっしりと釘が刺さり、のっぺりとした顔には生気がない。念能力者のようだがそのオーラは捉えようがないくらい静かで不気味だ。オーラを見ることの出来ない一般人の目からも小刻みに身体を揺らし続ける様は、気味が悪いとしか言いようがないだろう。

「あいつは話しかけられなかった」

 そりゃそうだ。あれに話しかける勇気があれば、今頃トンパも本当のハンターになっているはずだ。
 世の中には色んな奴がいるものだと感心しながら二人同時に視線を外した後、トンパはちらりと会場の入り口に視線をやった。舌なめずりでもしそうな笑みを浮かべ、いそいそと身体の向きを変える。

「じゃ、俺は行くぜ」

 軽く片手を上げながら向かった先を見て納得する。新たに辿り着いた受験者の集団がきょろきょろと辺りを見渡していたのだ。興味を散らすその様は、俺にも新人だと一目で分かる。
 その集団は全部で四人いた。背が高くサングラスをした黒髪の男。黒髪と赤毛の子供が二人。最後の一人、金髪の少年の衣装に意識が留まる。
 変な模様の刺繍が入った青く長い布が前と後ろに垂れ、その下には白いズボン。僻地の民族衣装のようなそれに見覚えがある気がしたのだ。こめかみに掌をあてて曖昧な記憶を探り出す。
 朧気な記憶が明確な形を成そうとしたその寸前、察知した気配に勢い良く振り向いた。

「やっ」

 にこやかに右手を上げて挨拶してきた男を目にした途端、力が抜けてしまう。

「ヒソカか。何の用だ?」

 奇術師の正装だと言い張る奇怪な衣装を纏い厚化粧を施したその姿は一年前の試験の時と何ら変わりがない。世の中に起こる全ての事象を面白がってしまいそうな軽薄さも健在のようだ。

「ようやく情報源の正体を教えてくれる気になったか?」

 ハンター試験を受ける理由は既に知られてしまっている。漫画の知識を持つ者を探し求めて、少しでも漫画の世界に近付こうとハンター試験会場にいることを。ヒソカの情報源を当たるのが一番の近道には違いないため、偶然試験でヒソカと会えた去年は相当頑張った。その過程で俺の事情を知られた上、何の収穫もなかったことは今思い出しても腹立たしい。

「何のこと?」

 予想通り満面の作り笑顔でかわされた。苛立ち混じりに舌打ちすれば、わざとらしく嘆息してくる。

「短気は良くないよ」

 誰のせいで、と口を開きかけた時だった。

「折角今年は君の探し人が参加してるんだから」

 さらりと落とされた希望の欠片に目を瞬かせる。
 予想通りの反応を引き出せて嬉しかったのかヒソカは愉快そうに唇を歪め、それからぐるりと会場内を見渡した。その速度は一定で、一体誰に注目しているのか他者には判別できない。

「君を含めてイレギュラーが二つ。イレギュラーがうんだイレギュラーが一つ、っていうところかな」

 そして呟いた言葉はまるで謎かけのよう。ヒントはやったのだからあとは自力で解いてみせろと視線は語っている。

「ハンター試験、楽しみだね。ルー」
「何処見て歩いてんだよ!」

 ヒソカの言葉に重なるように怒気のこもった罵声が響いた。すぐ近くで男が少年を怒鳴りつけている。

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! 余所見してました!」

 思わずヒソカと二人して、周りと同じように騒動へと注意と向けてしまう。

「どうしたんだい?」

 和やかな声をかけられた野次馬の一人は振り向き、声の主の奇抜な姿を目にして小さく悲鳴をあげた。怯えながらもおずおずと答えを返す。

「あの餓鬼がいきなり走ってきて男にぶつかったんだよ」

 満足気に頷き、ヒソカは騒動の中心へと歩を進めた。置いて行かれた形になった俺は、少し離れたところから見守ることにする。
 近付いたヒソカは、いまだに謝り続ける少年の肩に手を置いて男に笑いかけた。

「ちゃんと謝ってるじゃないか。許してあげなよ」

 不思議だった。言葉の内容は至極真っ当なのに、何故かヒソカの言葉というだけで胡散臭く耳には届く。
 少年はびくりと全身を震わせた後、おずおずと振り向いた。そして怯えた視線はゆっくりと上がっていき、ヒソカの顔を見た瞬間。

「ヒッ」

 喉の奥から絞り出したような潰れた声をあげる。

「なんだ、てめえ」

 命知らずにも突っ掛かる男をヒソカは無視し、怯える少年を興味津々に覗きこんだ。

「君……」
「無視してんじゃねえよ!」

 何故か少年にしか視界に入っていないらしいヒソカと、いきり立つ男。両者を見比べ、渋々ながら動くことにした。
 一足飛びで男の傍らに立ち、ヒソカが少年にしたようにその肩に軽く手をかける。

「まあ、落ち着けよ」

 俺の為に。まだヒソカとの話は終わっていないのだ。あまり事を荒立てないですぐに済ませて欲しい。

「んだと」

 振り上げられた右腕を片手で掴む。少し力を入れればすぐに男の腕はみしみしと悲鳴をあげた。

「ひっ」
「な。落ち着け」

 社交的な柔らかい笑みを向けながら更に力をこめれば、男は即座に首を縦に激しく振った。腕を放すと転げるように男はその場から逃げ出して行く。

「フィッ」

 背後からあがった妙な悲鳴に、男の背中から視線を外して振り向いた。

「フィンッ」

 目が合った少年は再び奇妙な悲鳴を繰り返す。小首を傾げてまじまじと観察していれば、少年は何かに気付いたように目を見開いたあと大きく開けていた口から言葉を溢した。

「違う……」

 何かが違ったらしい。ヒソカと同類ではないと判断してくれたのなら幸いなのだが。

「ヒソカ。用は終わっただろう?」

 奇妙な少年のことよりも、今はヒソカの先程の台詞の方が気にかかる。俺の他にいるというイレギュラーは誰なのか。そしてイレギュラーがうんだイレギュラーとは何なのか。
 ヒソカは少年をじっくりと捕食者の目で観察し、ねっとりとした笑みを浮かべた。ヒソカの興味を引いてしまったらしい少年には同情するが、正直なところどうでも良い。

「サン! 何してるの!?」
「エレノア! 怖かったよ、エレノア!」

 お迎えに来たらしい女と少年がひしっと抱き合うのを白けた目で眺めてから、ヒソカに場所を移そうと視線で訴える。やっと動いたヒソカと二人して壁際に移動した時だった。

「それで」

 言葉に重なるように、大音量のベルの音が会場に響きわたる。今度は何なんだと音の方向を殺気をこめて睨み付ければ、横から呑気な声が挟まれた。

「残念。時間切れ」
「これよりハンター試験を開始いたします」

 こめかみをひくつかせながら、思う。もうここにいる奴ら皆殺した方が手っ取り早く目的を達成できるんじゃないだろうか。


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