自分のプレートを合わせて無事六点分集めたらしいサンと話をしている内に試験終了の放送がかかった。二人で集合場所まで行けば、既に受験者が数人集まっている。
「やっぱり違ってますね。ポックルとポドロがいなくて、ポンズが残っている」
そして集合時間を過ぎてから居並ぶ面々を見渡してサンが呟いた言葉に、曖昧に頷いておいた。そろそろ知識を持ってないことをばらしておいた方が良いかもしれない。
「結局イルミとヒソカを止めることは出来なかったけど、最終試験の悲劇はきちんと止めないと。頑張りましょうね、ルークさん」
懲りずに俺を巻き込む気満々らしいサンに苛立ちながら、それを隠して口を開く。
「あーと。悪い、サン。俺、実はあんまり詳しく覚えてないんだ。最終試験では何があるんだ?」
サンは驚いたように此方を見詰めてきた。それから焦ったように頭を下げてくる。
「そうだったんですか? ごめんなさい。フィンクスのコスプレしてるからてっきりルークさんは覚えてるって俺勘違いしちゃって」
他意のなさそうなその台詞に、背筋に嫌な汗が走った。
すっかり忘れていたが、そういえば俺は"フィンクスのコスプレ"をしていることになっていたのだった。だからこそこいつは俺が同じ境遇で漫画の知識を持っているのだと思い込んでいる。
人を騙すのは難しいと肝を冷やしながら、なんでもないことのように苦笑をもらす。
「試験のことはあんまり覚えていないんだ。幻影旅団は好きだけどな」
「格好良いですもんね、彼ら」
朗らかな同意に少し首を傾げたくなったが、すぐに意図を理解した。"漫画の中の幻影旅団"は格好良い。けれどそう言えるのはあくまでフィクションの世界だから。"現実の幻影旅団"を、絶対にこいつは許さない。
「あのですね、この後」
それからサンに最終試験の内容、そこで起きることを聞いた。全てを把握し、思ったことは一つ。
「簡単じゃないか」
「へ? 何がですか?」
「要は兄弟喧嘩だろう? 人が死ななきゃ良いんだろう?」
「そうですけど。何か良い方法あるんですか?」
不安気なサンに、にやりと笑う。
「まあ、任せておけって」
「ルークさんがそう言うなら」
お願いしますと頭を下げるサンに鷹揚に頷いた時、最終試験会場へ向かう飛行船が到着した。
飛行船に乗り込み、後ろにサンを引き連れて目的の人物を探す。当てもなく廊下を歩いていれば、日頃の行いが良いせいかあっさりとそいつは見付かった。
「キルア」
片手をあげてその名を呼ぶ。此方を向いた猫のような瞳は警戒を示すように細められた。
「何? おっさん。クルルは落ちたよ」
「そうか」
そういえば赤毛の餓鬼の姿がなかったような気もするが、興味がないのでどうでも良い。
「それよりさ、お前ゾルディックの人間だろう?」
「何で?」
訝しげにひそめられた眉。キルアの疑問を気にせず此方の用事のみを端的に口にする。
「第四次試験でゾルディックの人間に会った。黒髪の釘使い。名前は確か……」
一瞬にして顔面蒼白になったキルアを眺めながら真剣に悩む。暗殺者の青年の名前。確かサンやヒソカが呼んでいた。やっとのことで思い当たり、ぽんと掌を打つ。
「イルミだ、イルミ。知り合いか? キルア」
「ちょっ。ルークさん!?」
「どうした? サン」
固まってしまったキルアを置いて、突然声をあげたサンを振り返る。
「どうしたも何もないでしょう! これじゃ何の解決にもならないじゃないですか!」
「解決だろう?」
「んとうか?」
割り入る掠れた声。キルアに向き直れば、再度言葉を繰り返した。
「それ、本当か?」
「本当本当。なんなら確かめれば良い。全身に釘が刺さった受験者がいるだろう? そいつを殺せれば俺の言葉は嘘ってことになる」
表情をなくしながらくるりと此方に背を向けたキルアはふらふらと歩き出した。その後ろ姿を見送りながら、笑顔でサンを振り返る。
「良かったな、これで最終試験での死者は出ない」
「なんでですか!?」
「だって、失格になる為にキルアは関係ない受験者を殺すんだろう?」
怒りに顔を真っ赤にしながらも頷くサン。何故怒られるのか意味が分からない。
「ならその前に兄弟喧嘩させて棄権させれば問題ないだろう?」
キルアは試験に合格したい確たる理由はないようだった。暗殺者の青年と引き合わせれば平穏に自分から棄権してくれるだろう。
「問題ありますって! 結局キルアはイルミの呪縛から逃れられなくてゾルディックに帰っちゃって! あれ、ゴンが迎えに行くし大筋は変わらない? でも! あれ、結局死者は出ない? それに最終試験の最中じゃないから手出し可能だし良いのかな?」
首を傾げるサンは一頻り悩む。そうだろう良いだろうと思いながらその様を眺めていれば、一気に飛行船の一角が騒がしくなった。
「あっ! とにかく今はキルアを止めなきゃ!」
頭の回転が遅いらしいサンがやっと騒ぎに気付き駆け出したので、俺もその後を欠伸を噛み殺しながらのんびりとついていく。面談をするらしく受験番号44番を呼び出す放送を聞き流しながら。
喧騒の元を探り、辿り着いたのは比較的広い休憩用の大部屋だった。既に一悶着あったのか、大机が凪ぎ払われ、幾つかの椅子が壁にめり込んでいる。
遠巻きにする受験者達の視線の先に、一言も発さず睨み合うゾルディックの二人がいた。
「キルア!」
開いた扉のところで入り口を塞いでいた俺とサンを押し退けるように、餓鬼が一人飛び込んでくる。その後ろからもう一人、クルタ族の少年が続く。
「ゴン! クラピカ!」
「レオリオ、何があったの?」
二人に駆け寄った背の高い黒髪の男は、興奮そのままに口を開いた。
「分かんねえよ。入ってきたキルアがいきなり受験者に飛びかかりやがって。小声で何か言い合ったあと、受験者が自分に刺さってた釘を抜きはじめたら顔が出てきて髪が生えた」
「全然分からないぞ、レオリオ」
緊張感のない言葉を交わしているが、暗殺者の青年のオーラに当てられたのか三人の額に汗が滲んでいる。当たり前だ。そのオーラに気圧されて、サンの足も固まっていた。第四次試験の時は手加減していたに違いない。
「それで、キルアは戻って来る気になった?」
「は? 嫌に決まってんじゃん。二度と戻んねえよ、あんなところ」
外野の騒がしさを気にせず、暗殺者の青年が口火をきった。対するキルアは震えた唇から虚勢を吐き出す。
「困ったなあ。何で?」
「何でって」
もじもじと俯き、それからキルアは何気なく視線を周囲に向けてゴンを見付けた。目を見開き動揺を露にしてしまったキルアの視線を辿り、暗殺者の青年もゴンに気付く。
「ああ。ゴンだっけ」
「ゴンには何もするな!」
「何で?」
言葉に詰まったキルアを助けるようにゴンは、暗殺者の青年の発するオーラをものともせずに一歩足を踏み出す。
「来るな!」
「嫌だね」
頑とした口調でキルアの訴えを切り捨てたゴンはすたすたと歩き、暗殺者の青年のすぐ傍で立ち止まった。
「キルア。この人知り合い?」
キルアは苛立ちを表すようにぐしゃっと前髪をかきあげたあと、か細い声を出す。
「兄貴だよ」
「暗殺一家の?」
「そう」
「何があったの?」
面白いものを見るような目付きでゴンを眺め回す暗殺者の青年の傍ら、キルアは観念したように息を吐き出した。
「俺に、家に戻るようにって」
「キルアは戻りたくないんだよね? それなのに無理強いしようとしてるの?」
「止めろ、ゴン」
キルアの言葉に構わずゴンは真っ直ぐ暗殺者の青年を見詰めた。
「キルアは家業継ぐの嫌がってた。それを無理矢理継がせようとしているなら、許さない」
くしゃっと頭を掻いてむず痒さを解消しようと努める。というか、此処にいる意味が見出だせない。青臭い友情ごっこ、大いに結構。だが、俺には全く関係ない。
「ほら、サン。上手くまとまりそうだろう? 邪魔になるから俺は」
「ヤバいです、ルークさん」
緊迫した表情で事態を見守るサンは、此方を見ずに言葉を被せてきた。仕方なく聞いてやる。
「何が?」
「イルミが」
自分の名に反応したかのように、暗殺者の青年が動いた。身体をずらし、ゴンを正面から見下ろす。
「君には関係ないだろう? これは俺達家族の問題だ」
「関係ある! キルアは俺の友達だ!」
噛みつくように叫んだゴンに、暗殺者の青年はゆったりと腕を組み、首を傾げた。それからキルアに視線をやる。
「友達? 暗殺者に友達なんているはずないだろう? キル」
「それは……」
「こんな奴の言うこと聞く必要ない! 誰がなんて言おうとキルアは友達だ!」
「ゴン」
キルアがくしゃっと顔を歪ませる。泣く一歩手前の表情。すぐにそれを隠すように俯く。
「じゃあ、ゴンを殺そうか。そしたら友達はいなくなる」
暗殺者の青年の過激な台詞に、反応したのはキルアやゴンだけではなかった。
「はあ? てめえさっきから何言ってやがる。暗殺者に友達は要らない? んなわけあるか。キルアはな、お前とは違うんだよ。キルア、よく聞け。こんな分からず屋の兄貴の言うこと聞く必要ねえぞ。お前はもうダチなんだよ。俺やクラピカだってそう思ってんだ。な? クラピカ」
「ああ。今回はレオリオの言う通りだ。私はお前を友だと思っている」
「んだよ。恥ずかしい奴ら」
照れたように呟くキルアを見た暗殺者の青年は、くるりと辺りを見渡す。それからよく通る声で宣言した。
「じゃあ、皆殺しちゃおうか。そしたら友達いなくなるよね」
「ああ。やっぱりこうなるんだ」
切なげにもらすサンは、それでもそっと手袋を外した。暗殺者の青年を止めるつもりなのだろう。同様に、ゴンや黒髪の男、クルタ族の少年も身構える。
「止めろ」
小さな声を発したのはキルアだった。
「止めてくれ、兄貴。俺、家に帰るから」
「キルア! 駄目だ!」
「ゴン。結構楽しかった」
「俺もだよ! だからもっと楽しもうよ!」
項垂れるキルアの姿に、少しだけ心が動かされる。興味のなかった茶番のはずなのに、何故なのか。
「もう殺しちゃおうかな」
「俺は受けて立つよ」
「止めろ!」
暗殺者の青年を睨み付けるゴンの態度に怯えは欠片も見られない。代わりにキルアが全身を震わせていた。
「ゴン。俺も助太刀するぜ」
「私もな」
外野の言葉に呼応するように、サンも小さく頷く。
「キル。どうする? 皆お前を助けたいんだって。お前は皆を助ける為に俺に逆らう?」
暗殺者の青年は周りを一切気にせずキルアに問いかけた。返事を待たずに言葉を続ける。
「逆らわないよね。そういう風に親父も俺もお前を育てた。もう分かった? 助ける為に命もかけられないお前に友達は必要ない」
「キルア。こんな奴の言うこと聞く必要ない」
緊迫感に満ちたやり取りを聞きながら、わいた嫌悪感の正体にやっと気付く。舌打ちがもれる。
「気にくわないな」
「ルークさん?」
傍らから不思議そうに呼び掛けてきたサンを無視して、暗殺一家の兄弟を見詰める。
気にくわなかった。家族の気持ちも考えず自分勝手に家出したキルアのことが。そして、それ以上に弟のことを縛り付けようとする暗殺者の青年が。
俺だってアリスが俺の手を離れて違う男を選んだ時は悲しかったし悔しかったし辛かった。それでもアリスが選んだことだからと幸せを願って送り出したのに。兄ならば、下の弟妹の幸せを願うのが当然だろう?
「サン。ゴン達じゃ敵わない。俺達であいつを止めるぞ」
「はい!」
「僕も混ぜて」
「はひい!?」
にょきっと俺の肩口から伸びてきた顔に、サンが大声をあげる。部屋にいた者達が一斉に此方を見て、警戒に顔を強張らせた。
気持ちは分かる。これ以上事態をややこしくしないで欲しいのだろう。俺も同感だ、と馴れ馴れしく肩に乗せられた腕を払いのけた。
一人だけ平静さを保っていた暗殺者の青年が口を開く。
「ヒソカ」
「やあ、イルミ。僕の獲物に勝手にちょっかい出さないでくれるかな?」
「家のことに勝手に口挟んできたのは向こうだよ」
「それでも駄目」
トランプをいじりながら、ヒソカはオーラで暗殺者の青年を威嚇した。諦めるように彼が溜め息を吐き出すのを認めてから、ヒソカはキルアに気味の悪い笑みを見せる。
「それより君、99番だろう? さっきから放送で呼ばれてるよ。会長と面談だって」
「行ってきな。キル。何を言うべきか、分かってるよね?」
「キルア。俺なら大丈夫だから。一緒にハンターになろう?」
方々から声をかけられたキルアは、面々を見渡してから最後、ゴンと向き直った。
「サンキュ」
ゴンの肩を軽く小突き、背中を向ける。そのままキルアは部屋を去り、そして戻って来なかった。