最終試験



「結局キルア、棄権しちゃいましたね」

 今から最終試験が始まるというのにのんびりといなくなった奴のことを心配しているサン。余裕があって結構なことだが、鬱陶しい。

「キルアのことはゴンが何とかするだろ。それより試験の方に集中したらどうだ? エレノアにも良い報告がしたいだろう?」
「そうですね。結果的には最終試験の死者も防げそうだし。あとは僕が合格すれば良いだけですよね。そしたら……」

 言葉を区切ったサンは、口ごもった。別に興味もないが、付き合いとして聞いてやる。

「そしたら?」
「エレノアに告白しようと思うんです」

 勝手にやってくれ、と聞いたことを後悔した時だ。

「僕の前世を。僕は日本という場所で一度生を全うして、漫画で読んだ世界に生まれ変わったって」

 重い口調にこめられた決意の裏側に、不安や恐れが見え隠れしていた。信じてもらえるとは限らない秘密を打ち明けることの難しさを、俺は知っている。
 だから、これは優しさだ。

「心配ないさ」

 細い肩に腕を回しながら、心中で呟く。
 その前に蜘蛛の盗賊団のアジトへ招待してやるから、そんな心配すぐに必要なくなるさ、と。


 最終試験の組み合わせが発表された。一対一のトーナメントで、一勝すれば合格というサンから聞いた通りのルール。俺はそれなりに評価されているらしく、試合数はゴンとヒソカの次に多い。
 第一試合の対戦はゴン対ヒソカ。試合前にヒソカが浮かべた愉しげな笑みを見て、ゴンには心の底から同情した。あんな変態に目を付けられて可哀想に。
 もう一人、ヒソカの興味をひいているらしい可哀想な少年は幾らか余裕をもった様子で二人が構えるのを見守っている。

「どっちが勝つと思う?」
「ゴンでしょうね。ヒソカはまだゴンを相手にする気がないはずです」

 最終試験で受験者に課されたルール、相手を殺したら即失格というもの。それがあるからこそ、サンが落ち着いているのかとも思ったが、それ以外にも理由があったようだ。確かにヒソカは強い者にしか興味がない。今のゴンは強くなる可能性のある者、でしかない。
 そして第一試合はサンの予想通りの結果となった。

「まいった」

 ゴンの猛攻を軽々と避けていたヒソカは、汗一つない顔に笑みを浮かべて試験終了を告げる言葉を放った。

「待て!」

 抗議したのはゴン。息を荒くしながらヒソカを睨み付ける。

「そんなの納得いかない! 逃げるな!」
「だって、君弱いじゃない。全然楽しくないよ。そんなんじゃイルミにも簡単に殺されちゃう」

 暗にキルアの一件を出され、ゴンは歯を噛み締める。悔しさや焦燥がない交ぜになった表情で、それでも食らい付こうと口を開きかけた時、ヒソカが先んじた。

「もっと強くなってからまた会おう。それまで勝負はお預けだ」

 ヒソカは悠々とゴンに背を向けて部屋の隅に座る。勝者としてゴンの名を高らかに呼び上げる立会人の声が響き、第一試合は終了した。
 続く第ニ試合はあっさりと終わった。イルミと俺。開始と同時に降参を宣言した。ここで彼と戦う意義が見出だせない。
 そして第三試合も同様にすぐ終わる。ヒソカの対戦相手である黒装束の受験者が降参を宣言した為に。第四次試験で遭遇した時も思ったが、自分と相手の力量の差をよく理解している。
 第四試合、俺の相手はクルタ族の少年だった。武器は刀二本。

「それなりの使い手だということはゴンから聞いている。が、私の誇りにかけて負けは認めないと始めに言っておこう」

 試験開始の合図と共に告げられた台詞と、此方を注視する瞳にこめられた気迫に、ゆっくり頷く。

「ああ。俺もさっきみたいな真似はしない」

 すぐに降参はしないと言い、けれど如意棒に手をかけようとはせず突っ立ったままの俺に、クルタ族の少年は刀を握った右手を向けてきた。

「武器を取れ」

 静かな口調ながら、侮られていると理解したのだろう。怒りを隠しきれていない。その幼さに笑いたくなりながら、空であることを示すように両の掌を天井に向けた。

「武器を使いたくさせてくれ」

 はっきりとした挑発に、もう言葉は返ってこなかった。代わりに襲い掛かってきた二本の刀を身体をずらして避ける。
 次々と加えられる攻撃を避けるのはひどく退屈な作業だった。それでも頭はめまぐるしく回転し、少年の攻撃の仕方を記憶に刻みつける。
 一見変則的に見える攻撃の筋は、しかしすぐに読めてしまった。正確に急所を狙うからこそ、パターンが分かりやすい。これは武器に問題があるのではなく、使い方が下手なのだろう。ヒソカまでとは言わないが、遊びを挟んだ方が相手にとってやりづらいものだ。

「かかってこいっ!」

 此方が攻撃してこないことに焦れてか、少年がほえる。ならば、と左足を振り上げれば容易く少年の右手に当たった。投げ出された刀は紐で繋がれていたため二本とも宙を舞い、受験者の間をぬって壁に突き刺さる。

「あ、悪い」

 刀すれすれのところにいたゴンは、全く怯まず俺達の試合を熱心な目で見詰めていた。少しでも強くなる為に何かを得ようと努力する姿勢は好ましい。
 けれど心中で再度謝った。悪いが、もう終わりだと。
 新たな武器を手にした少年に、両手をあげる。

「まいった」
「なっ」

 驚きに目を見開いた少年を無視して元いた場所、サンの隣に腰を下ろした。
 実際に手合わせしてよく分かった。この少年ではない。クルタ族の少年では、蜘蛛の盗賊団に敵わない。単調な攻撃、攻撃に対する反応の遅さ、念を使えないことを考慮してもこいつは弱い。

「待て! 私は納得していない! 逃げるのか」
「ヒソカと同じ。お前と戦うのは退屈だった。だから降参した。良かったな、弱くて」

 強かったらこの場で殺していた。
 絶句した少年は怒りで真っ赤に染まった頬をそらし、足取り荒く踵を返す。

「ちょっと、ルークさん」
「ほら、次はサンの番だ。頑張れよ」

 咎めるような声に被せるようにして励ましの言葉を贈れば、サンは渋々立ち上がった。その小さな身体に向かって手を伸ばす。

「ほら。俺のオーラを少し持っていけ」

 きょとんと固まってしまったサンに微笑みかける。
 最後に確かめておきたかった。この小柄な少年の持つ力を。どの程度の脅威となるかを。

「何を言ってるか、理解していますか? ルークさん」

 やがて震える声を出したサンの右手を強引に掴み、手袋をとる。抵抗はあったが微々たるものだった。ひんやりとした手が引っ込もうとするのを無理矢理握りこむ。

「絶対にハンターになるんだろう? 手段を選ぶな。第三次試験で脱落したエレノアの為にも」

 有無を言わさない口調で言い切れば、サンは覚悟を決めたように頷く。そして、それは一瞬だった。
 強い脱力感。練をする時もオーラを放出するが、それとは全く違う。表面を覆うオーラの鎧を強引に剥ぎ取られる。自分を守る術を知らない幼子のように、恐怖に全身が震える。反射的に振り払おうとした右腕は、意思に反して力が入らない。かろうじて動いた左腕がサンに攻撃を加えようとした時だ。唐突に繋がれた手が離れ、よろめいた身体は後ろの壁に支えられた。

「有難うございます。ルークさん。絶対に勝ってきます」
「おい、早くしろ」
「はい、今行きます」

 黒装束の受験者の催促に返事をしたサンは、凛とした足取りで中央に進み出る。その後ろ姿を眺めながら、深い溜め息を吐き出す。
 予想よりも厄介だった。オーラを吸いとられると身構えていたにも関わらず、つい殺そうと身体が勝手に動いてしまった。それほどの脅威。いまだ強い倦怠感が全身を支配する。オーラを奪われるということの意味を、身をもって思い知る。

「では第五試合、ハンゾー対サン始め!」

 両者は同時に動いた。
 もう一つ見極めたかったのは、サンの戦闘能力だ。俺のオーラを分けた状態、つまり万全の状態だとどの程度動けるのか。そしてその万全の状態はどのくらいの時間持続するのか。

「嘘だろ……」

 開始五分。あまりの結果に思わず声がもれた。

「降参しろ。その方がお前の為だ」
「い、やだ」

 素手でのサンの攻撃は酷かった。遅い、軽い、そして何より隙があり過ぎる。思わず見ている此方が額を掌で覆ってしまうほど。そして一発の蹴りを腹に決められあっさり沈んだ。纏をしてオーラで身体中を覆っていたはずなのに、だ。見た限りあまりにお粗末な纏だったから、ちょうどオーラの層が薄いところに当たったのかもしれない。もしくは慣れない纏をして疲れ果てていたのかもしれない。その証拠に今では纏を保つこともできず、額から大量の汗を流している。

「第四次試験のは何だったんだ?」

 散々攻撃を加えたあと、うつ伏せにしたサンの上に馬乗りになりながら首を捻る黒装束の受験者。独り言らしき呟きに、サンが息をのんだのが分かった。
 不味い。ここで彼の口から試験中の俺の所業をもらされては、折角苦労して得たサンの信用を失ってしまう。

「頑張れサン! ハンターになってエレノアに告白するんだろう?」

 話をそらせと声を張り上げる。読み通りサンは戦意を取り戻し、勝負に注意を戻した。じたばたと身体を跳ねさせる。
 そして嬉しい誤算が一つ。

「エレノアってあの美人でスレンダーな姉ちゃんかよ。くそっ。幸せ者がっ! ハンターなんかにさせるかっ! とっとと負けを認めろ!」

 黒装束の受験者の意識も上手い具合にそれたらしい。サンを拘束する手に力がこもる。

「ったい嫌だ」
「強情な餓鬼だぜ」

 くぐもった声で喘ぐサンに余裕はない。しかし、負けを認めようとしない意思の強さもまた真剣そのもの。それが黒装束の受験者にも伝わったのだろう。嫉妬なんていう下らない感情を消し去り、平坦な声で告げる。

「いいか。今からもう一度聞く。そこで参ったと言わなければ腕を折る。本気だぜ? ここで意地を張るよりもう少し楽な相手に粘った方が利口だ」
「そんなの知っていますよ」
「なら」
「貴方が本当に僕の腕を折るということを、僕は知っています」

 妙な言い方だった。そこにこめられた意味に気付いたのは俺だけ、もしくは俺とヒソカだけだろう。
 つまり、この黒装束の受験者は、漫画の中で誰かの腕を折ったのだ。

「でも、止めて下さい」

 落ち着いた口調でサンは乞う。

「第四次試験の時、貴方は見たんでしょう? 僕が怪我をしたら、同じことが起こります。殺さないよう気を付けますが、危険はおかしたくないんです。お願いします。僕に貴方を殺させないで下さい」

 無様に押さえこまれた体勢のまま、サンは真摯に言葉を紡いだ。試合を観覧する受験者の一人が嘲るように低く笑う。当然の反応だ。先程の戦いだけを見て、サンに黒装束の受験者を殺せるとは思えないだろう。

「脅しのつもりか?」
「好きにとってもらって構いません」

 一拍の沈黙のあと、黒装束の受験者が動いた。

「まいった」

 ゆっくりとサンの上から退く。突き刺さる不審気な視線を意に介さず、男は立ち上がるサンから距離を取った。

「俺は忍としての経験から最後に信じられるのは自分の勘だと思ってる。今まで幾度も死地から五体満足で生きて帰ってこられたのは、そのお陰だ。で、その勘が言ってやがる。お前はヒソカ並に危険だ、とな」
「有難うございます。信じてくれて」

 最後、複雑そうな笑みを溢したサンが落ち込みながら帰って来た。

「ハンター試験合格おめでとう」
「はい、有難うございます。折角ルークさんのオーラを分けてもらったのに、頑張れなくてすみませんでした」
「気にするな」

 第四次試験の時から思っていたが、警戒すべきは念能力だけだということがはっきりと分かった。念能力もオーラのない物体には効かないようだから、縄か鎖で縛れば自力で拘束を解くこともできないだろう。あとは適当に人質でも使えばパクノダに念能力を使わせる時にも妙な真似はしないはずだ。

「嬉しいんですけど、複雑ですね。最も疎んじているこの能力に、僕はいつだって救われている」

 自嘲の笑みを浮かべるサンになんと言って良いか迷い、結局無言で立ち上がった。力があるなら使えば良い。どんな力だろうとどんな使い方だろうと、目的が達成できるならそれで構わないじゃないか。そんな本音を身の内に封じる為に。
 部屋の中央まで歩き、対戦者に向き合う。身体の怠さはまだ続いている。ここは降参しておくかと思った時だ。

「てめえとはやり合いたかったんだ。第二次試験の時の借りを返してやるぜ、変態野郎」
「第六試合、ルーク対レオリオ! 開始!」

 ナイフを出して構える黒髪の受験者に対して、思い直した。こいつは絶対に負かしてやる、と。
 ナイフを持ったまま突進してくる受験者を避け、そのまま腹に拳を叩きこむ。オーラを温存している為大した力は入れていなかったのだが、受験者は一気に壁まで飛ばされめり込んだ。

「さて、降参するか?」
「誰が」
「そうか」

 床に落ちたまま、それでも挑むような視線を向けてきた受験者へと歩を進める。ちょうど良いところにへたりこんでいたので、足で顎を蹴りあげる。

「降参するか?」
「しねえよ」
「そうか」

 今度は言葉と共に髪を掴み、額を床にぶつけた。

「降参するか?」
「しねえって言ってんだっ」
「ルークさん!」

 髪を掴みながら腹に蹴りを入れたところで、咎めるような声が響いた。見れば、サンがそれ以上は駄目だというように首を激しく振っている。
 殺さないようきちんと手加減していたのに、お気に召さなかったようだ。自分はさっきこれ以上の攻撃を黒装束の受験者に加えられていたくせに。
 サンの信用を失うわけにはいかないので、仕方なく男の頭から手を離してやる。ごんっと音をさせながら床に落ちた後、男はゆっくりと首を持ち上げる。そしてサンを見た。

「あんた、余計な口出しはしないでくれ。これは俺とこいつの勝負だ」

 手加減はするなと俺に向かって続ける男。口だけは勇ましいが、既に顔が半分変形している様に少し悩む。
 身体が怠いのでさっさと終わらせたくなってきた。一応鬱憤はそれなりに晴れたので、降参しても良い気がする。

「どうした? もう終わりか? 変態野郎」

 やっぱり止めた。こいつには負けたくない。

「まさか。で、お前はどうしてそこまでしてハンターになりたいんだ?」

 サンの信頼を得たままで勝つ為には心理戦でいくしかないだろう。シャルナークや団長ほど上手く出来る自信はないが、これも経験だと手始めに相手の動機を探る。

「は? 決まってんだろ? 金の為だよ、金の為」
「違うな」

 反射的に言葉が出た。詳細な動機は思い出せない。けれど昔読んだ漫画の朧気な記憶が違うと訴えてくる。

「金を得て、何がしたい?」

 男は言葉の裏に隠された意図を探るように慎重に此方を窺う。それから何かを決めたように深く息を吐き、口を開いた。

「医者になりてえんだ。救えなかった奴がいた。もう後悔はしたくねえ」

 大分事情を省略したのだろう。それなら医者を目指すべきでハンター試験を受ける必要はないと思うが。それでも男の目は真剣だった。大方先程の金が必要であるという告白が関係あるのだと、切羽詰まった事情があるのだと、伝わってくる。
 俺には全く関係のない話なのでどうでもよいが。

「そうか」

 医者を目指しているのだというその一言に、ある策を思い付く。実行に移す為に一瞬で男の目前に移動し、ナイフを握る左の手首を握りこむ。

「なっ」
「なら、選ばせてやる」

 もう片方の手首も拘束してから、ナイフの先を俺の胸元に押し付けた。

「このままならお前は俺を殺して失格。次のチャンスは一年後だ。お前が降参すれば次の試合にチャンスがある。さあ、お前はどちらを選ぶ?」
「は? 俺がお前を殺すって。そんなん脅しだろ?」

 頭のおかしい人を見るような目に、薄く笑いかけてやる。

「ああ、脅しだ。本気じゃない」

 認めてやってから、手首を握り締める手に力をこめてナイフの刃を少しだけ肌にめり込ませる。切れた白いシャツに血が滲む。

「ただの脅しのつもりだが、少し間違えればお前は人殺しだ。さあ、どうする? 人殺しになって今年のチャンスをふいにするか、諦めて次の試合に望みを繋ぐか」

 確信したのだ。医者になりたいというこの人間は、真っ当だ。真っ当で、人を殺したこともない。現にナイフを持つ手が震えている。人を殺すかもしれない。その恐怖は、思考能力を著しく低下させるということを、俺は知っている。
 更に力をこめ、ナイフの刃を進める。この程度の傷なら団員との喧嘩で日常茶飯事だ。けれど、男の戦意を奪うには充分だったらしい。

「……った」

 吐息のように空中へ溶け込んだ音に、勝利を確信する。同時に男は自主的にナイフを床に落とした。

「まいった!」

 やけくそのように大声で怒鳴った男は、負けを認めているとは到底思えない強い眼差しで睨み付けてくる。

「良いか! 今回は負けを認めてやる! だがな、それはお前に負けたわけじゃねえ! 俺が、俺に、負けたんだ。言っとくけどな、医者になるって決めた時に人殺しになる覚悟はしてるぜ。人を救うってのは簡単じゃねえ。救えるより救えない奴の方が多い上、手尽くしたって人殺しだって罵られる職業だ。だけどなあ」

 床に落ちたナイフを拾い上げて男は悲しげに呟く。

「医者になるって決めたんだ。病院以外で人殺しは絶対しねえ。ハンターになりてえって意地より、そっちの意地の方が大事だ。一瞬でも迷っちまった自分が許せねえ」

 しんと静まった空間で、口を開きかけ、結局閉じた。こういう時は黙っていた方が良い気がする。

「レオリオ! 殺しちゃってたらどっちにしろ失格だよ!」

 空気の読めないゴンの言う通りなのだ。思考力の低下とは恐ろしい。男は何故か人を殺してハンターになるか、人を殺さずにハンターになることを諦めるかで悩んでしまったらしい。

「あ?」

 男は漸く俺のもちかけた選択を思い出したらしい。段々と頬を羞恥と怒りで真っ赤にしていく。

「うるせえ!」

 足取り荒く戻っていこうとするが、途中で踵をかえし此方へと向かってきた。何を言われるかと思えば、強引にシャツの前を開かれる。

「結構切れてるな。待ってろ、今薬を持ってくる」
「いや、明らかにお前の方が重傷だろ。次の試合があるんだから手当てするべきはお前の方だ」

 若干驚きながら、慌ててシャツの前を閉じた。

「ああ。あとありがとな。あんたのおかげで色々思い出した。さっき言ったことも本当だが、ハンターになりてえのも本当だ。ぜってえハンターになって医者になってやる」

 真っ直ぐ前だけを見て、挫折する未来など想像もしていない。希望に満ち溢れた表情は、忌々しくて吐き気がする。

「ああ。頑張れ」

 それでもサンの視線を意識して晴れやかな笑みを返してから戻った。

「合格おめでとうございます。なんかルークさん悪役っぽかったです。演技上手いですね」

 幸いサンの信頼は崩れていないようだ。先程のやり取りも含めて好意的に解釈してくれたらしい。

「それに、やっぱりレオリオは格好良かったですね」

 憧憬の眼差しを向けるサンは彼のような生き方を好むのだろう。勝手にしてくれれば良い。あとはこいつを騙して蜘蛛の盗賊団のアジトに連れて行くだけだ。

「ルークさん、何処行くんですか?」
「医務室」

 答えてそのまま背を向ける。幸い勝ったのだから此処にいる必要もないのだし、此処で処置はできない。包帯を巻く時背中の刺青を見られでもしたら、お終いだ。


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