真相



 なんとかシャルナークから呪いの解き方を聞き出してから三ヶ月弱。集めた情報は全て他愛ないものだった。
 クラピカは念の修行中。サンやエレノアの行方は未だ知れず。そしてキャロル関連だが。

「駄目ね」

 パクノダの手が離れていく。

「確実に念能力だわ。ジョージ・クルフトと何を話したのか、固い壁で記憶が閉じ込められている」

 用事があったとかで三ヶ月待たされた挙げ句やっと会えたと思ったら進展なしだ。嫌になる。

「騙されたの? 馬鹿みたい」

 そしてパクノダが一緒に隠れ家へ連れて来た女が放ったのは、初対面のはずなのに遠慮のない罵倒。喧嘩を売られている気がしてならない。

「誰だ?」
「シズク。ねえ、パク。本当にこいつも団員なの?」

 眼鏡越しでも明らかな蔑む視線に、こめかみがひくつく。

「ええ。四番のルーク。ルーク、新しい団員のシズクよ。八番の代わり。私が推薦したの」
「役に立つのかよ」

 ぼそっと呟けば、聞こえていたのかパクノダに睨まれる。当の本人は既に興味をなくしたのか隠れ家を探索しに行った。その後ろ姿を見詰めながら、パクノダは腕を組んだ。

「彼女は有名な掃除屋。レアな能力だから団長も興味を持っていたの」
「へえ」

 生返事をしながら、メールを打つ。シャルナークと団長に、パクノダの能力を使っても成果がなかったことを報告するためだ。
 俺はまだ納得できていないが、ジョージ・クルフトなる人物に念能力を使われて記憶を操作されたことは二人の中で確定事項となっている。彼に俺が蜘蛛の団員であると話したか否か、蜘蛛の盗賊団の情報をもらしたか否か、はっきりさせたいらしい。
 携帯の操作に気を取られていたから、パクノダの言葉に反応が遅れた。

「シズクで最後よ。"マナミ"が知っていた蜘蛛のメンバーは」

 メールを打つ手を止め、視線をあげる。それから首を傾げた。

「マナミ?」

 突然出てきた女の名前を聞き返せば、蔑むように吐き捨てられた。

「名前を呼んで動きを止める能力者よ。貴方のお仲間」

 ここが漫画の世界だと教えてくれた少女の名だと漸く思い至ったが、"お仲間"という単語に眉をひそめる。俺にとって前世の記憶を持つ者達は仲間ではない。前世で知り合いであったわけでもないのだし。だが、ここで訂正しても意味がないと思い直し、新たな疑問を口にする。

「何で推薦したんだ? 折角未来を変えるチャンスだったのに」
「レアな能力だったから。蜘蛛に必要だと思ったから」

 静かな声に、此方を非難する険しさを感じた。
 パクノダは俺が未来の情報を探ることをあまり歓迎していない。今回のように協力を要請すれば受け入れるが、自分の用事を優先して三ヶ月待たせたことといい、重要視していないことは明らかだ。

「もうすぐ死んでも良いって?」
「ねえ、ルーク。私の能力はレアだし、簡単に死ぬ気はないわ。でも想像の敵に怯えるのも馬鹿らしいと思わない?」

 痛いところを突かれ、言葉に詰まった。
 パクノダの言う通りだった。まだ確定しているわけでもないのに、俺はゾルディックの影に怯えている。ハンター試験で、母親を殺した暗殺者に再会してから、焦燥は増すばかり。
 それでも昔と違うことが一つ。力を持たない俺は何も出来なかったが、今は力がある。金輪の能力を使えば、命と引き換えにはなるがゾルディックを殺せるかもしれない。怯えるその一方で、甘美な想像は愉悦と高揚をもたらす。
 もしかしたら、俺は敵がゾルディックのあの暗殺者であって欲しいのかもしれない。それが確定すればきっと覚悟が決まり、戦いへの興奮が怯えを上回る。
 そんな心を察したのだろう。呆れたと云わんばかりにパクノダは額に手を当てて深く溜め息を吐いた。

「もういいわ。そうよね。貴方達は結局強い敵と戦えればそれで良いのよね」

 それ以上にパクノダに死んで欲しくない。しかし、パクノダの様子を見ていたらそんな本音をここでもらすことも躊躇われた。
 パクノダは明らかに安心していた。肩の荷がおりたかのようにすっきりとした表情を認めて、やっと彼女の心情に思い至った。
 パクノダは、俺が彼女の為に危険を犯すことを恐れていたのだ。そこには勿論蜘蛛より私情を優先してはいけないという蜘蛛の団員としての信条もあるだろう。けれども個人として自分の為に誰かが犠牲になることをパクノダは望んでいない。そういう情に篤い面があるということを、俺は分かっていたはずなのに。

「何?」

 黙りこくった俺を不審気に見るパクノダに気付き、何でもないと首を振る。
 今俺の前にいるのは母親でもアリスでもない。守られるばかりの儚い存在ではない。蜘蛛の団員の一人、恐れ知らずの強い女だ。
 そう心に刻みこみ、口端をあげる。

「いや。ただ、良い女だなって見惚れてただけだ」

 パクノダは賢明にも口には出さなかった。しかし目が語っていた。気持ち悪い、と。
 あんまりな反応に肩をすくめて背を向けながら、思いを新たにする。それでもやっぱり死んで欲しくないのは本音だし、出来る限りのことはやってみせようと。

「ルーク」

 振り返れば、パクノダは薄く笑んでいた。先程のことはなかったことにするらしい。

「最後に一つだけ。確かにシズクが入ったけど、未来は既に変わってるわ。だって、貴方のことをマナミは知らなかった」

 言葉の意味するところを瞬時に理解し、頬をゆるませる。
 パクノダの言う通りだ。俺という異分子がいる限り、未来は変わる。ハンター試験が漫画の通りいかなかったように。

 パクノダとシズクが出て行き、隠れ家に一人残った俺の元にシャルナークがやって来たのは4月10日のことだった。

「今日、何が起こるんだろうね」

 パソコンをいじくるシャルナークの背を眺める形でソファーに座り、水を飲みながら答える。

「爆発したらお前も巻き添えだな」

 今日は命日だった。1999年4月10日。前世の俺が死んだ日。
 何が起こるか分からない。冗談で言ったが、前世での命日が今世の命日になってもおかしくはない。恐らく転生は念能力の仕業で、念能力はどんな不思議も理不尽も現実にしてしまう。
 そして前世関連で何かが判明するとすれば、それは今日だと思っていた。

 暫くキーボードを打つ音だけが耳に響く。静かな空気に促されるように転た寝したあと、目を覚まして何気なく窓に目をやれば、既に日が落ちていた。
 事故が起きたのは夕方だった。何事もなく一日が終わりそうな予感に肩透かしをくらったような気分を味わいながら、身体を起こした時だ。

「あ」

 頭に手を当てる。今まで思い出せなかったことが嘘のように鮮明に記憶が蘇ったのだ。
 ジョージ・クルフト。俺と同じように前世の記憶を持つのだと告白し、同じ境遇の人間を探していた男。俺のことはお気に召さなかったようで、念能力で記憶を書き換えてきた。

「どうかした?」
「ジョージ・クルフトはクロだ」
「なるほど。念能力が解けた、か」

 説明する前に全てを悟っているかのように納得され、訝しげに背中を見詰める。キーボードに何かを打ち込み椅子をずらしたシャルナークは、此方に横顔を見せながらパソコンの画面が見えるようにした。

「今日の16時頃、ジャポンで爆発事故があった。死亡者三名。エドワード・グリン、ユリナ・ミカヅキ、そしてジョージ・クルフト」
「ジョージ・クルフトが?」

 思わず聞き返す。シャルナークは思案するように腕を組み、生返事をした。

「ああ。ジョージ・クルフトが死んだからルークは思い出したんだろうね」

 そういえば、と記憶を思い返す。
 ジョージは何か目的があるようだった。仲間を探していると言う一方で、俺を悪人だと見破って記憶を操作した。
 ジョージ・クルフトの目的とは何だったのか。命日に死ぬこと、ではないはずだ。もっと大がかりなこと。命日。前世で俺達が死んだ日に、すべきこと。

「ジョージ・クルフトが全ての元凶、だったのかもね」

 沈黙を切り裂くようにシャルナークが発した言葉。奇しくも、同じ結論に達していた。
 ジョージ・クルフトは何らかの念能力、記憶の操作以外にも念能力を持っていて、それを使いあの電車事故で死んだ者達がこの世界に転生した。幾多もの人生を巻き込み、それでも転生しなければならない理由があった。
 記憶操作関連の念能力をもっていてもおかしくない上、他の同じ境遇の者を探していたのは、元の世界との門のようなものを作る能力者を探していたからかもしれない。

「まあ結局は推測に過ぎない、か」

 あれこれと考えを巡らせていても仕方がないと腰をあげる。 

「とりあえずジョージ・クルフトに蜘蛛であることは話してない。何らかの能力で犯罪者であることは知られたみたいだが、それだけだ。あと、確かジョージ・クルフトには娘がいたよな? 今からそいつをあたってみる」

 娘が協力してくれるとか何とか言っていた覚えがあった。

「エリ・クルフトのこと? 場所分かる?」
「診療所に行ってみるさ」


 駄目元のつもりだった。ジョージ・クルフトの死の三日後、淡い期待を胸に扉を叩けば、すぐにその少女は顔を出した。

「お久しぶりです。ルーク・ヘンゲルさん、でしたか」

 扉を開けた少女は驚きもせず淡々と俺を招き入れる。
 案内されたのは前回通されたのと同じ部屋。しかし何があったのか分からないが、本や物が雑然と床に散らばっており、窓ガラスも割れていた。

「散らかっていてすみません。色々あって今掃除している最中でして。適当に座って下さい」

 ガラスの破片の散らばる床に座る気にもなれず壁に背を預けるように立って腕を組めば、少女は頓着せずクッションの上に座り込み此方を見上げてきた。

「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「漫画の知識を知りたい」

 単刀直入に用件を切り出す。娘はぽんと掌を打った。

「ああ。そういえば貴方は未来を知りたいと言っていましたね。ハンター試験でキャロルに会いませんでしたか?」
「会ったが」

 親しげに名を呼ぶ娘に、そういえばジョージ・クルフトはキャロルの保護者だったと思い出す。当然二人は面識があるのだろう。が、此方はキャロルという名を聞いただけで胸がむかむかする。散々喚いた挙句変態呼ばわりしてきたことは当分忘れられないだろう。

「キャロルに聞いたのでは?」
「何も教えてくれなかった」

 納得していないかのように首を傾げる少女に、キャロルとの会話を思い出して捕捉する。

「交換条件でヒソカを倒せと言われたから断った」
「ああ」

 事情を呑み込んだのか、少女は苦い顔で頷いた。

「キャロルは、ヒソカに父親を殺されたので」
「父親? お前の父親が保護者だったんだろう?」
「前世の父親です。同じ事故で亡くなり、此方の世界で生まれ変わっていました」

 そんな偶然があるのか、と正直疑った。だが、俺とアリスが双子として生まれ変わった奇跡と比べれば充分有り得ることかもしれないと納得する。

「因みに他に漫画の知識を持っている奴はいないのか?」

 キャロルの話をあっさり流したことが不満だったらしい。少女の表情が不快に歪む。といっても続いた声は相変わらず淡々としていたが。

「貴方達と同じ境遇の人で漫画を読んでいた人、貴方が欲している人はもうキャロルしかいません。あと二人いましたが、先日先生と一緒に死にました」

 思わず舌打ちをもらす。また、手掛かりがすり抜けていく気がした。

「ああ、でも一人だけ。貴方ほどではないですが人を沢山殺していたので仲間にはせず記憶を操作した人がいます。確証はありませんが、その人はもしかしたら漫画の知識を持っているかも」

 少女の言葉に一度は気持ちが浮上したものの、すぐに思い至って溜め息を吐き出した。

「そいつの名前は、サンか?」
「知り合いですか?」

 知り合いではないが、説明するのも面倒なので頷いておく。

「そいつにはもう逃げられた」
「では、私が教えましょうか?」

 思わぬ切り返しに目を瞬かせる。

「出来るのか?」

 期待と興奮に足を一歩踏み出し、座ったままの少女を見詰めた。少女は静かな眼差しを返してくる。

「私は漫画のことは分かりませんが、念能力を使えば"貴方達"の望む物を具現化することは出来ます」

 妙な言い方に、眉をひそめる。少女はゆっくりと説明を加えた。

「気付いているかもしれませんが、"貴方達"が二度目の生を生きているのは先生の念能力が原因です。彼は再びこの世界に転生することを望み、有益な能力を持つ人を騙し、先日念能力の意図的な暴走をおこして元の世界の人達の人格を此方の世界に持ち込みました。"貴方達"が命日ではなく自分達の生まれた日に生まれ変わったことは念能力の暴走が原因なのでしょう。先生はこの世界に生まれ直す為に、"貴方達"を巻き込みました」

 事実を告白するその声はあまりに平坦でまるで他人事のよう。そして聞いている此方もある程度は予想していた為平然と聞き流すことができた。それに、裏にどんな事情があろうと今の俺にはあまり関係ない。元の世界に戻りたいとも思っていないのだし。

「先生のしたことは許されることではありません。ですから、少しでも"貴方達"の望みを叶えられればと願った結果、私にも念が使えるようになりました。先生の念能力を使われた人の望む物を私は具現化することができます」
「どんな物でも?」
「ええ。例えば向けた対象が罪を犯していれば反応するレーダーやどんな人にも効く睡眠薬なども作れます」

 団長はこの能力に興味を示すだろうかと一寸考えて却下した。ジョージ・クルフトの念を使われた人の望みという縛りは結構きつい。実質俺の望みしか叶えられない。
 さて、どんな物を望もうか。考えて先程少女が出した例を思い出す。

「未来を見通すものが欲しい」
「未来視ですか。そうですね。水晶玉に質問すれば答えが頭に浮かぶ。但し使用できるのは一回限りで、などは如何でしょう?」

 そのくらいの縛りは想定内だ。頷けば、少女は予想外のことを言い出した。

「では二ヶ月後に。出来たら連絡します」
「二ヶ月後?」
「ええ。昨日キャロルに望まれたので、次に作れるのは二ヶ月後になります」

 当然のように告げられた台詞に、疑いの芽が生まれる。キャロルと手を組み、何かを企んでいるのではないか。時間がかかること自体は妥当な制約だが、時間稼ぎという可能性は捨てきれない。以前念能力を使ってきた相手に、油断は許されない。

「キャロルは何を望んだ?」

 考えをまとめる為の時間稼ぎとして質問を投げかける。

「復讐の為の手段を。キャロルはヒソカを殺すことしか考えていません」

 簡潔な回答だった。
 息を吐き出し、諦める。ここで問答を繰り返しても仕方ないと判断する。キャロルの目的ははっきりしているのだ。サンのように邪魔してくるわけでもない。第一、ここでこの少女を殺したら手掛かりがなくなるだけだ。

「分かった。二ヶ月後だな。必ず連絡しろ」


 きっかり二ヶ月が経った頃、件の少女から連絡がきた。約束の物は診療室に置いてあるという。
 人の気配のない建物に勝手に入れば、家具が綺麗に無くなっていた。物を渡せば殺されると察して逃げたのだろうか。案外賢いやり方に感心しながら、診療室の扉を開ける。
 目に飛び込んできたのは、少女の遺体だった。
 床に倒れ伏すその頭からは血を流し、右手には拳銃を握りしめている。血は固まっているものの、腐臭はそれほどでもないから自殺してからあまり時間は経っていないのかもしれない。
 少女の死体を飛び越え、机に置かれた水晶玉を手に取る。その横に置かれた手紙に宛名はなかった。
 机に座り、手紙を広げる。全て読み終え、少女の死体を見下ろし、漸く事情を理解出来た。

 少女は、前世の記憶を持っていた。
 ジョージ・クルフトの妻は彼の患者だ。多重人格。治療を進め、最後に残った人格が少女。ジョージは妻との間にできた子供に、人格を移植した。元々はその為に作った念能力だった。
 きっかけはキャロル。キャロルを患者として診る内に、少女と酷似していることにジョージは気付いた。前世の人格を己として認識している。ジョージの能力で、自分達は生まれ変わったのかもしれない。しかしジョージは自分の力だけではそれをなし得ないと理解していた。だから、仲間を募った。
 ジョージにはそれをする理由があった。能力を使わなければ、自分達は元の世界で死んだまま。この世界で生まれ変われない。そうすれば、妻を救う者がいない。ジョージは、妻を愛していた。元の世界の自分が生まれ変わり、妻と出会う為に、全てが仕組まれた。
 ずっと一緒に過ごしたキャロルや募った仲間には、全ては元の世界に戻る為だと説明していたという。少女は、先日キャロルにだけ真相を告げた。なじられ、憎しみをぶつけられ、少女は疲れてしまったのだという。愛する母親、己の主人格だった人物と、愛する先生のいない世界に用はない、と。
 手紙の最後は、こう締められていた。

"約束は果たしました。可能ならば、キャロルの手助けを。哀れな子です。彼女に救いを"

「自分でやれば」

 死人には無理だと分かっていながら答えを返す。手紙を少女の死体の上に落とし、水晶玉だけを手にしてその家を後にした。
 俺が人殺しだと知っていながら救いを求めた少女の愚かさを笑いながら。


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