死亡フラグ




「本当に行くのね?」

 旅装を整えた少年、サンは女に向かい笑みを見せる。

「うん。エレノアは反対?」
「サンの話を信じてないわけじゃないのよ。でも、いくらあの幻影旅団がヨークシンの闇オークションを狙うっていっても、あそこのバックには十老頭がついてるわ。それに、ハンター協会には情報が既に伝わってたんでしょう? 多分、そのサンと同じ記憶を共有している人から」
「うん、そうだね」

 エレノアの言葉は正しかった。
 サンは全てをエレノアと彼女の父親に話した。彼らはその話を半信半疑ながら受け入れてくれた。そして父親の伝手でハンター協会へと情報を流した結果、ハンター協会自体は動かないが、十老頭や幻影旅団を狙う賞金首ハンターには情報が流されていることを知った。前世の記憶というもの自体に証拠はないが、ハンター試験でその記憶にある程度の有用性があると判断されたらしい。見返りにその情報を流した人物と同様にサン達の情報はハンター協会に守られている。同じ記憶をもつ人物が幻影旅団に所属し、狙われる可能性があるからだ。
 ハンター試験で出会ったその人物を思い出し、サンは決意を新たに拳を握り締める。

「でも、幻影旅団にはルークさんがいる。同じ日本人が悪事を重ねようとしているんだ。彼を止めないと」

 この半年、サンは独自にルークの情報を探っていた。蜘蛛の糸にかからないよう慎重になった結果、判明した事実は数少ない。それでもサンは知った。彼が随分と昔から蜘蛛にいることを。それ以前の経歴は掴めなかったが、既に彼が多くの命を奪ったことは容易く想像できる。
 同じ記憶を共有しているはずなのに、どうして。疑問は尽きず、けれどもサンは己のもつただ一つの信念を疑うことはない。

「大丈夫。ルークさんも気付いてくれる日が来るよ。悪いことはしちゃいけないって。償いをしなきゃいけないって。そうしたら、きっといつか許される日が来るっていうことも」

 己が許されたように、全ての犯罪者は悔い改めて許されるべきである。
 それが、サンが生きる拠り辺としてきた信念だった。

「分かったわよ」
「エレノア……」
「サンはほんっと頑固なんだから」

 大きな溜め息をつきながらも、最終的には笑みを見せてくれたエレノアに、つられて頬が緩む。しかし、サンの笑みは次に発せられた言葉で凍りついた。

「出発は明日にしなさい。まだ日程に余裕はあるわ。私もついて行くから。お父さんにも言わないと」
「ちょっと、エレノア!? 僕の話聞いてた? 幻影旅団が敵なんだよ? 危ないよ!」
「聞いてたわよ。A級賞金首が待ってるって聞いて大人しく留守番するわけないじゃない。私の職業知ってるでしょ?」

 彼女によく似合う勝ち気な笑みに見惚れて一拍遅れたが、慌てて腕を振る。

「今度ばかりは駄目だって! それに僕だって正式なハンターになったんだよ? 心配は有難いけど」
「ええ。確かにサンはハンターライセンスを持ったプロのハンターよ。だからこそ言わせてもらうけど。サン、貴方はまだまだ弱いわ。念能力自体は一級品だけど、使いこなせていない」

 言葉に詰まったサンに、エレノアは苦笑をもらす。

「それに、貴方のことを何も知らない相手への不意打ちが、能力が最大限発揮される前提となることは分かっているでしょう? でも今回の相手はそうじゃない。ルークから幻影旅団へと話が伝わっている可能性もある。サン、私を連れて行きなさい。そうすることが貴方の目標を達成する一番の近道なんだから」

 理知的に説かれ、それ以上の反論が出てこない。口を無意味に開閉したあと、結局サンは力なく頷いた。

「分かってもらえたようで嬉しいわ。あとこれだけは覚えておいて。私達は仕事上のパートナーだけど、人生丸ごと含めた意味でのパートナーでもあるんだから。貴方が行くところに私は何処までもついて行くわ」

 朗らかな笑みと共に突然告げられた情熱的な台詞に頬が赤らむ。先程とは違う意味で言葉を失ったサンは、小さく有難う、とお礼を言った。


 少女は墓前に佇み、心の中で強い誓いを捧げていた。
 墓の名前は彼女の前世で父であった人のもの。今世で共に過ごした時間は短かったが、少女にとって最も幸福に溢れた時だった。

「絶対仇を取るから。もう少し待っててね」

 彼女は幼い頃自身の前世の記憶が原因で家族から捨てられた。その後引き取ってくれた精神科医である人は前世の記憶を共有してくれたが、既にこの世にいない。彼の娘も後を追うように逝ってしまった。
 頼れる人はもう誰もいない。

「次で仕留めなきゃ」

 キャロルの胸の内には焦りがあった。彼女の知る漫画の知識はヨークシンシティで終わっている。だから、持っている知識を有効に使えるのはそこまでなのだ。それまでにヒソカを殺さなくてはならない。
 能力の制約上、キャロルがヒソカを直接倒すのはどう足掻いても無理だった。
 まだ前世の父と再会していない頃、キャロルは前世のような突発的な死を恐れた。恐れるあまり、強さを犠牲にして老衰での死を望んだ。そして開発した絶対回復により攻撃を受けても身体の傷は癒えるし、オーラの量も回復する。だが代償に、以後は鍛えても身体能力は向上しなかったし、オーラ量が増えることもなかった。
 そのことは早い段階でヒソカにも気付かれており、キャロルは漫画の知識を利用して強い敵を用意する駒として生かされている。時々殺人衝動が抑えられない時に攻撃されても死にはしないから便利なのだろう。そういう理由から、キャロルはヒソカを倒せる人物をヒソカ公認で探し求めていた。
 ハンター試験では漫画の主人公達と知り合いはしたが、ヨークシンの段階で彼らは全くヒソカに手が出ない状態だったので期待はできない。唯一クラピカは幻影旅団に立ち向かう実力を得ていたので密かに連絡先を交換はしている。
 もう一人、原作でのヒソカの代わりに団員になっていると聞いた男は同じ前世の記憶を持っているようで期待した。ハンター試験で対峙した時に実力もありそうだと判明したから尚更。しかし、下手に出て頼みこんでも無下にされたのだから、これ以上は無理だろう。
 正真正銘最後の希望、幻影旅団の団長であるクロロを、どうにかしてヒソカとの戦いの場に引き摺りださなければならない。

「やってやる」

 絞り出したような声には確かな決意が込められていた。


「本当に行くの?」

 旅支度をしていた男は咎めるような声に手を止めて扉を振り返った。そこには予想通り、呆れ顔の女が立っている。

「仕方ない。ご指名が入ったんだ。なんでも有名な賞金首がヨークシンシティの地下競売を狙っているらしい。俺の能力を保険に使いたいんだと」

 アリスことリリイと第二の人生を生きると決めて、裏社会から縁を切って数年。だが、いまだにこうして依頼が入ることがあり、時々断りきることができないでいる。それは一応の恩があることも一因だが、今回は別の理由もある。
 キースは緩みそうになる頬の内側に力を入れて平静を保ちながらリリイの腹を眺めた。

「心配するな。ふっかけたからな。臨時収入は期待して良い」

 そこに宿る新たな命の為に、今は金が必要だった。リリイにはもう一人子がおり、その子のことも息子のように大切に思ってはいるが、金銭面での援助はリリイが断った為できなかった。だが、今は違う。正式に夫婦になり、父親として子に対する責任をリリイと分け合える。現在荒事とは無縁の職を得て、三人で暮らしていくだけのぎりぎりの稼ぎはあるが、蓄えは出来るだけしておきたかった。
 そんな男の意地をリリイも感じ取ったのだろう。一つ溜息を吐き出したあと、困ったように微笑む。

「もう。私も働いてるから大丈夫なのに。クルルだってまだ子供なのに仕送りしてくるし」

 今は天空競技場にいるというもう一人の息子は、キースとリリイが結婚した時に家を出た。キースとは違い、幼い時から習っている心源流拳法の師範に弟子入りするという真っ当な手段での家出に反対はできなかった。ただ、気を使わせたという事実はキースもリリイも重く受け止めている。だからという訳ではないだろうが、彼女が仕送りの金をそっくりそのまま貯めていることはキースも知っていた。無論彼もその金に手を付ける気は毛頭ない。いつかクルルの必要な時に渡せば良いと考えている。

「大丈夫だとは思うけど、気を付けてね」

 人一人連れての瞬間移動は条件付けが厳しいが、お膳立てさえしっかりして能力を発動すれば危機的状況であっても生き延びることはできる。その能力を身をもって理解しているリリイは、それでも不安を抱えているようだった。身籠った身にかける負担を思えば離れ難いが、金は欲しい。帰ってきたら思う存分贅沢させてやろうと考えながら、側に寄ってきたリリイを抱き締める。

「お前達を残して死ねるか。最悪仕事放棄しても帰って来てやるさ」
「馬鹿なこと言わないで」

 嗜める声には明るさが戻ってきていて、顔が見えないのを良いことにキースは遠慮なく頬を緩ませた。リリイの身体からも緊張が抜け、身を寄せてくる。
 その時不意に先日クルルからかかってきた電話のことを思い出した。それは自らの父親のこと。天空競技場でヒソカに会い、何か言われたらしい。あの男が本当の父親なのかと恐々キースに尋ねてきたので、否定しておいた。リリイにそのことを告げるべきか。
 愛しい女の背を撫でながら、結局キースは沈黙を保った。今後リリイがヒソカに会うこともない。ならば、キースが黙っていれば済む話だ。

「そういえば、子供の名前はもう考えたか? リリイ」

 だからキースはそう問いかけた。悲しい思い出の詰まった過去より、今必要なのは明るい未来の話だから。


 団員の一人が自らの名前と生年月日を紙に書き、男に渡す。受け取った男は腕にオーラを纏わせ勢い良く紙に何事かを書き殴った。
 時刻は先ほど九月に入ったことを告げたばかりの深夜、場所はヨークシンシティの外れの廃墟。久々に団員全てに収集をかけた蜘蛛の盗賊団の団長であるクロロは、今回の仕事の説明の前に名前と生年月日の分かる団員に対してそれを教えるように要求してきた。なんでも最近盗んだ念能力で百発百中の占いをするらしい。

「やあ」

 順番待ちをしていたルークに爽やかな笑みを向けて話しかけてきたのはシャルナークだ。彼は団長と共に最後に現れたのでまだ言葉を交わしていない。だが、時々送られてくる意味あり気な視線から何か話があることは分かっていたので、内心胡散臭いと怪しみつつ隣に座ることを許してやる。

「何か用か?」
「うん。あの緋の眼の少年のこと教えてくれて有難う。ちょっと暇だったから彼を追いかけてみたんだけど、思わぬ掘り出し物に行き着いて団長もご機嫌だよ」
「あの念能力?」
「そう」
「緋の眼の奴、あんな能力作ったのか」

 少し意外だった。蜘蛛の盗賊団に対して並々ならぬ執着心を持つ彼ならば戦闘特化の念能力を作ると思っていたから。

「違う、違う。彼は鎖使い。操作系か具現化系だ。特質系なのは彼が雇われたマフィアのボスの娘だよ。ってもそのマフィア、あの能力でのし上がったみたいだからもう駄目だろうね」

 微笑を絶やさないままシャルナークは否定した。軽やかな口調は一つのマフィアの没落を心底楽しんでいるようでもある。

「そうか」

 ルークには特に興味がないことだったので、軽く流して立ち上がる。団長に占いとやらをしてもらう為だ。
 そして受け取った紙をざっと眺め、眉をひそめる。

「どうした?」
「確か、詩は四つだよな」
「足りないか?」

 何処か楽しげに聞いてくる団長に、眉間の皺が深くなった。つくづくこの盗賊団には性格の悪い奴しかいないと感じる。

「二つしかない」
「再来週死ぬな。見せてみろ」

 ひらりと手渡した紙に書いてあったのは死亡宣告だったらしい。

「一つ目は他のメンバーと同じか。問題は二つ目だな。『大切なものを奪われた哀しみの中 貴方は自らの分身のもたらす幸福な終末に酔い痴れる 孤独な女の話に耳を傾けてはならない 恨みの波にのまれてしまうから』。分身……か」

 最初の行にある大切なものが何かは分からないが、二行目に心当たりは一つあった。ルークの如意棒の力を底上げする金輪の力、その制約は一定期間悪事を犯してはならないというもの。制約を破れば死が待っている。つまり、何かを無くし、自棄になって分身、つまり金輪の能力を発動し、望んで悪事を犯し死ぬ、ということなのだろう。金輪の力のことを知っているのは盗賊団でよく組まされるフィンクスと団長のみ。団長はすぐに察したようだが、フィンクスは理解していないようで阿呆面を晒していた。

「占いは百発百中だが、助言に従えば回避は可能だ。ルーク、お前は再来週女とは話をするな」
「それって団員も含まれるのか?」
「念の為避けておいた方が良いだろう」

 一応問答という形式で皆にも周知しておく。無視しただけで喧嘩を売ったとみなされたり、そこまでではなくとも睨まれるのもごめんだった。

「孤独な女か。マチ、お前のことか?」
「喧嘩売ってんの?」

 フィンクスは呑気に喧嘩をふっかけていた。回避は可能とはいえ、死亡宣告されたルークのことは気にならないらしい。つくづく性格の悪い奴らだ。

「だって根暗のルークに話しかける女なんて団員くらいだろ? お前じゃないならパクか? あとはシズク?」
「喧嘩ならいつでも買うぞ、フィンクス」

 瞬時に右手から出した如意棒を伸ばし、フィンクスの首元に突きつける。人を根暗呼ばわりした無礼者は余裕の笑みを見せてふらりと立ち上がった。此方も臨戦態勢に入りいつもの馬鹿騒ぎが開始される寸前、絶妙なタイミングで団長が声をかける。

「ルーク。お前が死んだら何を供えて欲しい?」

 不吉な言葉に、踏み出した足がもつれそうになる。けらけら笑い声を上げるフィンクスを思いっきり睨み付けてやってから振り返れば、予想通り、クロロは唇に笑みを浮かべていた。

「何でも好きな物を盗ってきてやる」

 気前の良いことで、そう皮肉気に思いながらふと周りを見渡す。
 十二人の仲間達は一様に面白いものを見るようにルークを眺めていた。死亡宣告されたというのに、心配してくれるような物好きは一人としていない。此処にいるのは、面白可笑しく悪事を働く性悪だけだ。
 ふっと微かに吐息だけで笑い、ルークはクロロに向き直る。欲しいものなど何もない。そんな中、一つだけ頭に浮かんだもの。

「じゃあ、プリン」
「プリン?」
「ああ。俺が初めて盗んだものだ」
「好物か?」

 アリスの好物だからと盗んだ過去を語ろうとは思わない。そもそも好物も知らないような間柄だ。自らを晒し合うことなど、誰一人として興味がないに違いないとルークは思った。だから代わりに笑みを返す。

「おかしいか?」
「いや、俺も好きだ」

 意外な事実が判明してしまった。しかも相手の事なんか自分だって興味ないと思っていたのに、ぐっと親近感がわいてしまった。そんな己を誤魔化すように表情を引き締める。
 ああでも、とルークは頭の片隅で考えた。
 此処にいるのは仲間だった。団員同士で殺し合い一歩手前の喧嘩をするし、誰かが目の前で死にかけていても助けたりはしない。心底薄情で楽しそうに悪事を働く性悪共の集団。それでも、彼らはルークにとって大事な仲間で、ルークも彼らと同じ悪党なのだ。そんな人生を、ルークだって楽しんでいる。
 まだ此処で生きていたい。死にたくなどない。そう、強く感じる。

「じゃあ、今回の仕事が終わったら一緒に食べに行くか?」

 気付けば初めて仕事以外で団長を誘っていた。自分自身意外だったその台詞は団長にとっても予想外だったようだ。ほんの僅かその黒曜石のような瞳を見開く。そして喉の奥で笑った。

「ああ」
「俺も! 俺も行く!」
「私も」

 次々にあがる声の持ち主達は、抜け駆け許さねえと目で語っていた。なんだか可笑しくなって、自然と頬が緩む。
 好きだ、と思った。この空間が、彼らが。
 だから、ルークはもう迷わない。漫画の筋書きも、もう気にならない。団長の新たな能力は蜘蛛の盗賊団の仕事の成功を示唆していた。あとは彼自身が死の運命を回避すれば、この時間はずっと続いていく。

「団長、そろそろ仕事の話を聞かせてくれないか? 今回は一体何を盗むんだ?」

 騒がしかった空間に緊張感が戻る。皆が団長に注目する。それをものともせず、いつも通りの涼しい顔で団長は口を開いた。

「全部だ。地下競売のお宝、丸ごとかっさらう」


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