陰獣




 思わず大きな溜め息がもれた。それを聞き付けたフィンクスは、手にした男を殴り飛ばしたあと此方を振り向く。

「どうした? ルーク。俺は今ので37人だぜ?」

 扉の隙間から飛んできた銃弾を軽く上体をそらして避け、伸ばした如意棒で扉ごと銃の持ち主を串刺しにする。あまりの手応えのなさに、再び溜め息が出た。

「俺は28人。なあ、シャルナークが言ってたよな? 俺達が地下競売のオークション品を狙っているっていう情報がハンター協会から流れてるって。俺なりに楽しみにしてたんだよ。どんな奴が待ってるのかって」
「確かに呆気ねえよな。念使える奴もいるけどしょぼいし」

 団長がマフィア丸ごと敵に回してオークション品を全て頂くと宣言した時、身の内から興奮した。その場で雄叫びをあげた筋肉馬鹿のウボォーギンほどではないが、俺も心の底から楽しみにしていたのだ。強者と戦えるのを。
 なのに、だ。これでも結構名を上げてる方だと自負しているのに、幻影旅団の名は強者を惹きつける餌とはならなかったようなのだ。いつもの仕事の時より少し警備に力を入れました、程度。

「やる気失せた」
「38人! っと。次! 39!」

 嬉々として敵が待ち受ける廊下へと突っ込んで行ったフィンクスは、俺の愚痴に付き合うのに飽きたらしい。

「あーあ。あと任せた」
「おう!」

 期待した分落胆は大きい。やる気も失せる。今のところフィンクス一人に任せても大丈夫だろうと丸投げすれば、威勢の良い返事が返ってきた。

「何でお前はそんなに元気なんだよ」

 フィンクスの築いた屍を踏みつけて廊下の真ん中をのんびりと歩く。呻き声が聞こえたら丁寧に如意棒を脳天目掛けて突き刺してやった。やる気があるのは結構だが、こいつの仕事は基本雑だ。完全に俺が尻拭いする役を押し付けられている。
 フィンクスは単調に捕らえた男を殴りつけ、此方に向き直った。

「だってこの後面白い奴が待ってんだろ?」

 天井にぶん投げられて壊れた電灯とともに床にぼてっと落ちてきた男はまだ息があった。如意棒で胸に風穴を開けてやってから、フィンクスの言葉に思い出す。

「ああ、占いのやつか」

 死亡宣告の前の編。九月の第一週に起こる出来事を詠った詩。そこには心躍るような予言が記してあった。思い出すだけで顔がにやける。

「アレが本当になったら面白えよな」
「全くだ」

 皆で当たるか賭けをしようとしたら、当たらないに賭けたのが唯一人だけだった。予想通り過ぎて笑うしかない。最後まで当たらないと言い張った男が大損するのは確実だ。
 その時だ。空気が変わったことを肌で感じ、緩んでいた頬を引き締める。フィンクスと視線を交わし、円の範囲を広げた。ぎりぎり気配を感知したのは、今いる廊下の曲がり角のすぐ先。

「念使いが二人。ちょっとはましな奴みたいだな」
「へえ。ちょうど良いじゃねえか。一人ずつな」

 向こうから来る気配はないので、俺たちの方から行ってやる。生者の息遣いさえ感じられない静寂の中、かつんかつんと二つの足音だけが響きわたる。この時間は、結構好きだ。じわじわと闘志を高め、強者と相対することへの期待が湧き上がるのを楽しむ時間。
 期待を裏切らないでくれ、そんな懇願にも似た願いを胸に、廊下を曲がる。
 視界に入ったのは、がりがりに痩せた男とチビの男だった。
 相対してそのオーラをこの目で確認し、思わず失望を深い息として吐き出した。

「たった二人かよ。こんな奴らに手間取りやがって」
「まあそう言ってやるな。念を使えない構成員にとっては念使いはたとえどんな弱者であろうと脅威なんだな、うん。俺達陰獣が来たからにはもう好き勝手させないんだな」

 お互い気乗りしない戦いらしい。相手の事情は知らないが、此方もやる気はだだ下がりだ。
 念は使えるようだが、団長のような強者のオーラは感じられない。しかもこれが今回の地下競売を取り仕切るマフィアのトップ、十老頭お抱えの武闘派集団陰獣だというのだ。恐らく今回出てくるだろうとシャルナークから聞いて楽しみにしていたのに、期待外れにも程がある。

「俺左な」
「了解」

 痩せ男をフィンクスが取ったので、自動的に俺は右、チビの方。気乗りしないまま一歩踏み出す。さっさと終わらせようとそのまま踏み込み、如意棒を脳天目掛けて振りかぶる。

「俺の相手は力に頼る馬鹿なんだな、うん」

 肉体の柔らかさでもなく、オーラの鎧の力強さでもない、無機物を相手にしたような手応え。見ればチビの頭の片側に棘のようなものが生え、如意棒を受け止めていた。避けようともしないその体勢のまま発せられたのんびりとした口調での挑発に、口元が孤を描く。

「少しは楽しませてくれそうじゃないか」

 これだから念は面白い。一見弱そうでも、能力次第で勝負の行方が分からなくなる。
 一旦離れて距離を取る。棘はしゅるしゅると縮み、毛に戻った。相手は変化系の能力者か。自分の毛を自由自在に変化させるその能力は、守りに力を入れている。どこまで伸びるかは不明だが、接近戦が得意とみて良いだろう。
 対する俺の能力は攻撃専門で、更にいえば中距離からの攻撃を得意としている。こういう狭い場所では如意棒の良さを充分に生かせない。まあ短くもできるから小回りはきくんだけど。更にいえば金輪の能力を使えば勝負は一瞬でつくだろう。だが、占いやらのせいで今回の仕事では団長から禁止されている。
 じっくりやるか、と覚悟を決めて如意棒を短くした。ノブナガの武器である日本刀と同じくらい。太さも一回り小さくしたそれを握り込む。

「操作系、いや。具現化なんだな、うん」
「当たり」

 言葉の正否を示すように一度如意棒を消してやる。口角を上げ、笑いながら再び如意棒を手に取る。
 能力者同士の駆け引きも勝負の内。簡単に手の内を明かすのは愚策だと親代わりから昔散々言われたが、駆け引きは得意ではないのだ。自ら弱点や奥の手を晒すことは流石にないし、正面から叩き潰した時の達成感は一度味わったらやみつきになる。
 込み上げる昂揚感に任せて如意棒を振りかぶった。


「いくらやっても無駄なんだな。お前の攻撃は俺には当たらないんだな、うん」

 何処から攻撃しても如意棒がその毛に突き刺さり、決して貫通しない。攻撃力はないため此方のダメージも皆無だが。

「手間取ってやんの」

 後ろから轟音が聞こえると共に、何かがすぐ横を飛んでいった。フィンクスの相手が廊下の壁にめり込む。だがそいつも中々しぶといらしく、ふらりと身体を傾けながら自らの足で抜け出した。その様を見て、一つ思い付く。

「手間取ってんのはお前もだろう? こっちはもう片がつく」
「は? 俺の方が早えよ」
「ほざけ」

 軽口を交わし合い、互いの相手に向き合う。どちらも加勢などは頭にない。負けたら仇は討ってやるが、勝負の決着がつかない内は楽しみの邪魔になるだけだ。

「さっさと終わらせるか」

 気合を入れて如意棒を振りかざし、チビに向かって振り下ろす。棘に刺さったのを確認しつ、ぐっと足に力を入れた。そのまま全力で如意棒ごと振り回し、放り投げる。
 如意棒は俺が手を離した瞬間に消滅した。けれどもチビにかかった力はそのまま、俺達が進んだ血塗れの廊下をすっ飛んでいく。その後を追うように俺もゆっくりと廊下を歩いた。
 フィンクスが暴れたせいで廊下は薄暗かった。曲がり角までの通路は長い一本道だったのでチビが何処まで飛んでいったか分からない。気配を探って近くにいないことを確認し、少し時間をかけて用事を済ませる。目当てのものは容易く手に入った。そうしてのんびりと歩みを進め、チビの姿を発見したのは突き当たりの手前。壁にチビがすっぽり入るくらいのひび割れができていたので、此処まで飛ばされたのだろう。既に体勢を整えて構える姿からダメージは感じられないが、それは想定内だ。

「渾身の一撃も全く効いてないんだな。そろそろ諦めると良いんだな、うんうん」
「さあて、諦めるのはどっちかな」

 下準備は全て整った。あとはフィンクスよりも早く敵を仕留めるだけ。
 さっさと済ませてしまおうと再び具現化した如意棒を一直線に伸ばす。壁際にいたチビが出した棘に突き刺さっても気にしない。突き刺さった分チビの身体に固定された如意棒を伸ばす力を強めれば、狙い通りチビは壁に突き刺さった。全方位を棘に変化した毛で守っている相手は如意棒と壁に挟まれて宙に浮いている状態。如意棒を固定したまま歩みの速度に合わせて縮めていく。正面まで来た時漸くチビが口を開いた。

「俺にはどんな攻撃も効かないんだな、うん」

 余裕ぶりを証明するように、棘を素手で折ろうとすれば、逆に左手が傷付いただけに終わる。陰獣を名乗るだけの実力はあることは認めてやろう。まあ、その名というかその命も今日までなんだが。

「それなりに楽しめた。お前の防御力は大したもんだよ」

 褒めてやれば、唐突な台詞だったせいかチビは首を傾げた。
 怪訝そうな表情を楽しみながら、棘で傷付き血が滲む左手を懐に入れる。そして目当ての物を引き摺り出し、相手の眼前に晒した。

「毛は全身にあるもんな。よくそんな能力考えついたよ、本当。たださ、思ったんだ。目の周りだけ毛生えてないよな」

 全身を棘と化した毛で覆ってはいるが、視界を覆わないだけの隙間はある。更に言えば、元々目の周囲に毛が生えない体質なのかもしれない。取り出した銃口を眉間に突き付けても、新たな防御の毛は伸びてこない。常ならばその程度の攻撃を避ける身体能力も備えているのだろう。しかし、今は違う。俺の如意棒と壁に挟まれた身体は宙に浮いており、身動きが取れない状態。
 やっと追い詰められた現状を理解したのか、チビは頬を引きつらせた。その様を眺め、自然と口元が緩む。

「さよならだ」

 かちりと銃の引き金を引く。しかし、予想に反して反動も銃特有の耳障りな音もしなかった。再びかちかちと引き金を動かすも、壊れた玩具のように音が鳴るだけ。

「弾切れか」

 運が悪い。まあこれくらいは予想範囲内だ。びくびく震えながら安堵にか身体を弛緩させたチビに、爽やかさを意識して笑いかける。

「安心してくれ。まだあるから」

 弾切れの銃を床に放り、シャツをめくる。目に付いた死体から手当たり次第盗んだ銃はズボンに挟んでおいた。その内の一つを無造作に抜き取る。

「早く当たりが出ると良いな。あ、別に恐怖を長引かせて楽しむ趣味はないから」

 あ、う、と言葉にならない音を吐き出すチビの目に責められている気がして、言い訳しておいた。フェイタンのような加虐趣味者だと思われたら堪らない。

「今度こそさよならだ」

 これだけ格好付けてまた外れたら格好悪いなあと少し不安を抱きつつ引き金に指をかけた時だった。

「舐めるなあああー」

 チビがいきなり表情を険しくさせ絶叫すると共に如意棒が軽くなった。チビが棘を柔らかい毛に変化させたのだ。同時に壁側の毛も変化させたようで、一瞬小さな身体が宙に浮く。
 狙い通りのチビの反応に、唇が孤を描く。あとやることは決まっていた。拳銃は手放し、再びチビが毛を硬化させる前に真上から突き刺さるよう伸ばすだけ。
 最期、チビと視線が合った。闘志を失っていなかったその瞳は、俺を見て攻撃の意図を察したらしい。全身を覆うオーラがうねり出す。何度も見たから毛を変化させるスピードは分かっていた。普通の攻撃ならば間に合わない。だが、この至近距離からならば如意棒の方が早いと確信する。
 そしてその確信は正しかった。
 肉の塊を貫くいつもの感触が手に伝わる。獲物を突き刺すこの瞬間に勝るものはないと思える至福の時。それを味わい、如意棒を消滅させる。脳天に空いた大きな穴から血が迸り、ぼてっと肉の塊が床に落ちる。

「さてと。あとはフィンクスをどうするかだな」

 少し前から騒音が止んでいたので既に片がついているのは確実だった。そして勝者が俺のよく知っている男だということも疑ってはいない。残った問題はただ一つ。恐らく俺の方が時間がかかっているのだが、それを認めるべきか。
 金輪の力を使えば極細にした如意棒を棘の隙間に突き刺したり、もっと単純に変化のスピードを速くして棘にする前に生け捕りにすることができた。だから実力だったら絶対にフィンクスより早く勝負を決めることができたのだ。そんな思いがあるからフィンクスの勝ちを認めたくない。

「適当に言い含めるか」

 結局奴の勝ち誇った顔を想像しただけで気分が悪くなったので、新たな賭けでもふっかけて話を有耶無耶にすることにした。それがいつものことでもあるのだが。


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