いつもの仕事




 読み通りフィンクスは自分の方が早く障害物を片付けたと煩く主張してきた。鬱陶しいことこの上ないが、幸か不幸か付き合いが長い分対処も慣れたもの。どっちが早く集合場所に辿り着けるか新たな賭けをもちかければ、案の定すぐに大人しくなった。本当に扱い易い。
 睨み合った後、同時に二人揃って走り出す。途中邪魔が入るのを適当に殺して、本日の闇競売を運営する本部が置かれた部屋に転がりこんだ時には、息が荒くなっていた。
 床に散らばる死体と血液を避けながら二人して向き合う。

「俺の手の方が早かった」
「いいや。俺が出した足の方が一歩先だったぜ?」
「はいはい。二人同時だったから。此処で暴れない。折角五体満足で捕らえたこいつ壊したら団長に怒られるよ?」

 団長のキーワードに反応する。舌打ちしてからフィンクスから視線を外せば、呆れ顔で窘めてきたシャルナークを含め、突入組の八人の内半数が既に揃っていた。その中の一人、フェイタンが我関せずといった風で椅子に括り付けた男に拷問している姿を流し見て、シャルナークに視線を戻す。

「マチとシズクは?」

 残る突入組の行方を聞けば、軽く首を振った。

「まだ。まあ、仕込みは大体終わったから大丈夫でしょ」

 そこにピリリと鳴り出した携帯の着信を告げる音。発信源はシャルナークの横で光を失った目をしながらぼけっと突っ立っていた男のポケットのようだった。さっき壊したら団長が怒ると指摘した物体でもある。確かに小道具としては重要だろう。
 シャルナークはにやりと笑い、手にした携帯に何かを打ち込む。と、男がぎくしゃくとした動きで携帯を取り出した。

「はい。ええ、粗方片付きました。あとは残党狩りです。はい。幻影旅団ではなかったようで。オークションは時間通り行えます」

 これがシャルナークの念能力だ。アンテナをぶっ刺した相手を携帯で操る。いつ見ても気持ち悪い。生きているとはいえ、正気が欠片も感じられないからだ。発音も若干おかしい。とはいえ、会話は機械越し。相手はこの異常な状況に気付かなかったようで、何事もなく通話は切れる。携帯をしまった男は再び人形のようにシャルナークの横で直立不動の体勢に戻った。

「それも隠獣?」
「いや。オークションの責任者。隠獣はあっち」

 あっちといってシャルナークが指差したのはフェイタンの方。俺が相手をしてやったチビは幸運だったのだろう。彼のような生き地獄を味合わず一瞬で死ぬことができたのだから。

「オークション品が保管されてる金庫の暗証番号を今フェイタンが聞き出してるとこ。聞き出したらお宝頂いて、シズクに掃除してもらって、オークションが始まったら全部殺してお終い」

 あっさりとした語り口に拍子抜けする。シャルナークが簡単そうに言っているだけでなく、実際簡単な仕事だと思ったからだ。マフィア全部敵に回すなんて団長が豪語した割に呆気ない。そんな不満を感じとったのかフィンクスがにやにやと嫌な笑いを浮かべてシャルナークに近付く。

「そういやシャル。俺達が今回動くって情報出回ってたんだよな? その割に抵抗少なかったからルークがぶすくれてたぜ?」
「おい」
「本当のことだろ?」

 肩をすくめるフィンクスは睨み付けるだけにしておいてやった。確かに気になっていたことだ。視線で答えを促せば、シャルナークは何故かノブナガと含み笑いをもらす。

「なんだよ」
「いやよ、ウボォーも同じこと言ってやがったから」

 ノブナガの言葉に不快感が増す。筋肉馬鹿と一緒にしないで欲しい。当の筋肉馬鹿は俺と一緒に馬鹿にされていることに気付いていないようで、上機嫌で酒を煽っていた。馬鹿も過ぎれば羨ましいと思えてくるから不思議である。

「さっきウボォーにも説明したんだけど。ガセだと思われてたみたいだね」

 そしてシャルナークはあっさりとネタばらしを始めた。

「情報の出処はルークと同じ記憶を持った奴らみたいで、証拠は何処にもない。最近俺らの偽者も出てるみたいだし、信憑性は薄いっていうのが賞金首ハンターの大方の判断」

 確かに団長が今回盗み出した念能力のような百発百中の占いより、前世の記憶なんてものは胡散臭い。偽者についてはハンター試験でそれっぽいのに会った気もするし、名を売った弊害としては納得できる。では仕事の前にわざわざ期待させるようなことを言って此方を煽ったのは何故なのか。追及しようと口を開いた瞬間、絶妙なタイミングでシャルナークは言葉を続けた。

「でも確証はないのにハンター協会は記憶とやらの有用性を認識しているみたいだから独自に十老頭には警告を出したみたいだ。その証拠に警戒態勢はしっかり敷いてたから隠獣がすぐに出てきただろう? 数は少ないけど、賞金首ハンターだって動いてる奴もいる。それにさ、今回の最大のお楽しみはまだこれからだ」

 滑らかによく回る口を動かしたシャルナークは、最後ウボォーギンを流し見た。こいつの思惑通り思考を操作されている感は否めないが、ウボォーギンを見たら仕事前の高揚感が戻ってくる。燻っていた苛立ちが綺麗に何処かへと消し飛んでしまう。

「んだよ」

 視線を集めた当人は酒瓶を床に叩き付けて元気一杯の様子だ。この筋肉馬鹿が誘拐されるなんて本当に信じられない。
 団長の占いでウボォーギンは今週復讐者に誘拐されると出た。周りが賭けをする中本人はそんなことは起こらないと強く主張したが、占いは百発百中らしい。その占いの絶対性を確かめる為に、今回ウボォーギンは自由に動かせている。もしこの筋肉達磨を無事誘拐できる奴がいたら、賞賛したいくらいだ。その後殺すけど。

「まあ確かに。この後が肝だよな」

 シャルナークに言いくるめられた形にはなったが、大人しく引き下がる。ウボォーギンの占いを知って、自分の死亡宣告や今回の大仕事よりもそちらに好奇心を掻き立てられていることは否定できないのだし。

「ちょっとその辺ぶらついてくる」

 ただ、フェイタンの拷問風景を肴に酒を楽しむ気にはなれない。制止の声がかからないことは分かっていたので、そのまま片手をあげて部屋を後にした。
 気紛れでついてきたフィンクスと共に部屋の周辺を散策する。先行隊は随分と派手にやったようで廊下は血の海だった。あとでシズクの能力を使って綺麗にしなくては、早々参加者に異変を気どられるだろう。

「なあなあ。さっき言ってた記憶って何だ?」

 シャルナークとの会話で出してしまったが、確かフィンクスにその話をしたことはなかったと思い出す。知っているのは団長とシャルナーク、あとはパクノダくらいだ。別に隠すことではない。ただこいつに笑われるのが死ぬほど嫌なだけだ。

「笑わないか?」
「おいおい。何年の付き合いだと思ってんだ? 決まってんだろ?」

 フィンクスは歯を見せてにかっと笑った。条件反射で殴りたくなるくらい、とても爽やかな笑みだった。

「絶対笑う」
「だよな」

 たとえ全く面白くない冗談が出てきても意地でも笑ってやると言わんばかりの気迫を感じる。どうでも良いことに全力を尽くす馬鹿だ、こいつは。分かっていたけど、脱力から溜息が出るのを止められない。

「絶対言わない」
「おう。どうでも良い。おっ」

 なら聞くなと如意棒で突っ込んでやりたかったが、目配せしてきたフィンクスに仕方なく口を噤む。後で殴ってやると心に決めて、絶で気配を消す。
 それは会場の入り口側に近い方向から聞こえてきた。二人してそろそろと進めば、微かに届いていた話し声が段々と音量を増していく。

「大丈夫だ。今は会場の下見に来てるだけだから。ああ、そうだよ。前準備の為だ。何が起こっても良いようにな。ん? そうだな。少し静か過ぎる気もするが、今のところは何の連絡も入ってないから大丈夫だろう。分かってるよ。危険だったらすぐに逃げる」

 扉が半開きとなっている部屋の向こうから響く声の主は一人だけ。携帯で話しているのだろう。内容から察するに、今夜の招待客の護衛といったところか。運が悪い。いや、どちらにしろ殺されるのだから大差はないか。

「それより体調に変わりないか? リリイ。何かあったらすぐに医者に行くように」

 声の調子が柔らかなものに変化する。相手は女か、もしくは子供か。何の感慨もなくそう考えた時だ。俺が動くより先にこきりとフィンクスが拳を鳴らした。静寂の中その音は不吉に響く。
 男が此方を振り向く気配がした。

「いや、何でも」

 ない、と続けるはずだったのだろう。それは風を切る音でかき消され、そして永遠に男の口は封じられた。フィンクスの手によって物理的に。
 一足先に風を巻き上げながら部屋へと突入したフィンクスを追うように入る。見つけたのはフィンクスと、彼によって首をねじ切られ床に落ちた男の残骸。その傍らには携帯が落ちている。思った通り他に人はいなかった。

「呆気ねえな」
「あー。ルークとフィンクスだ」

 フィンクスの台詞に同意しようと開いた口を閉じる。気配で察していたが、振り向けば開いた扉の向こうに女が二人。シズクは呑気な顔で此方を指差している。

「おう。遅かったじゃねえか」
「ちょっとね。賞金首ハンターと出くわしたんだけど、マチが殺しちゃ駄目っていうから」
「殺したら嫌な予感がするって言っただけ」
「生け捕りにしてぐるぐる巻きにするのに時間かかっちゃったんだよね」
「へえ。どんな奴?」
「若い男女。女が鞭使いで、男はなんだっけ。そういえばマチ。途中マチの糸を消したのってどっちの仕業?」
「男の方。ただの勘だけど」

 毒舌なシズクが苦手だった為会話をフィンクスに任せるつもりだったが、気が緩んでいたのかシズクの言葉に顔を顰めるという分かり易い反応をとってしまった。女が鞭を武器にしているかは不明だが、オーラを吸い取る出鱈目な能力を持っている賞金首ハンターが脳裏に思い浮かんだのだ。あいつは蜘蛛の盗賊団のことを漫画の知識で知っていたし、正義感の強そうな奴のこと、ヨークシンに現れてもおかしくはない。知らない振りをするか。一瞬楽な方へ流されたくなるが、また現れる可能性も高い。目敏いマチが心当たりがあるのかと視線で圧力をかけてくるのもあり、渋々心当たりを口にする。

「それってサンって奴か?」
「女がそう呼んでたね」

 当たり。さして嬉しくもないのだが。

「ハンター試験で一緒だった奴らだ。まあ殺さなくて良かったんじゃないか? 弱っちかったけど、多分危なくなったらオーラ全部吸い取られてただろうし」

 シズクとは特に相性が悪いはずだ。俺もだが、具現化系はオーラを吸い取られれば武器を失う。

「へえ。そんな能力者がいるのか。俺もやりてえな」
「能力を生かしきれてない上に元々の戦闘力は一般人より低いぞ。それより早く合流しよう」

 興味を引かれたらしいフィンクスを促す。漸くマチとシズクが揃ったのだ。時間はまだあるが、此処に留まる理由もない。そしてシズクに毒舌を吐かれるのが怖い。
 幸い同意はすぐに得られた。足早に部屋を出たところで、あっと声をあげたシズクが入れ替わるように部屋へと足を踏み入れる。

「掃除しなくちゃね」

 デメちゃん、と呼びかければ、宙に不気味な掃除機が姿を現す。デメちゃんの口が向けられた方、男の死体に視線をやる。何も分からない内に死んだのだろう男は口を開き間抜けな顔を晒していた。その顔に、記憶を刺激された気がした。顔見知りだろうか。過去を探る。思い出せない。

「あ」

 掴めないまま、男はデメちゃんの中に吸い取られてしまった。傍らにあった携帯も消え、綺麗な床だけが残る。

「何?」
「いや」

 デメちゃんを持ったまま不思議そうに首を傾げたシズクに、首を振る。正体を掴めないもやもやを振り払う。
 すぐに思い出せなかったのだ。大したことではないだろう。どうせ俺の知り合いなんて蜘蛛の盗賊団くらいだし。過去の仕事で殺しそこねた男だったのだろう、きっと。
 どうせ死体はもうないのだ。真実を知る機会は永遠に失われたのだからと意識をこの先の仕事に切り替える。

「さあ、行くか」

 まだまだお楽しみはこれからだ。


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