殺戮の宴



 四人で部屋に戻れば、ちょうどフェイタンが隠獣から宝の鍵となる暗証番号を聞き出したところだった。そこで、シズクとこの場で一番腕力のないフェイタンが掃除をしに行き、残った奴らで宝を運び出す。昔いた運搬係の女の団員の能力があれば全て一瞬でアジトへと運べたのだが、彼女はとっくにいない。
 仕方なく力仕事をして運んだ先は建物の最上階にあった飛行船。屋上が発着陸場になっていたので、いくつかあった内の一つを勝手に使わせてもらう。
 全ての作業を終えた後のことだ。脇にひっそりと放置された気球に乗りたいと騒ぎ始めたフィンクスに、さっき殴りたいと思っていたことを思い出した。これ幸いと如意棒をふるってやれば、興奮して注意が気球に向かっていたので珍しく綺麗に側頭部へと如意棒は吸い込まれ、無防備な身体がこてんと倒れる。呻くフィンクスはマチの力を借りて気球の中に縛り付けた。マチの能力は使わず普通の紐で縛ったので、その内自力で抜け出し戻ってくるだろう。仕事の時間に間に合うかは分からないが。
 そして元の部屋へ戻れば、シズクとフェイタンもすぐに帰ってきた。だが、闇競売の開始はまだまだ先だ。さて、何をして時間を潰すかと腰を落ち着けた時、シャルナークはある物を場に差し出した。


「ダウト」
「げっ」
「おっ。俺上がり」

 手札を一気に増やしたシャルナークを尻目に、最後の一枚を場に出す。
 シャルナークが持ってきていたのはトランプだった。ルールは前世と同じなので馴染み易い。不思議なもので、大抵トランプを持ってくるのも、やろうと持ちかけるのもシャルナークで、そして負けるのも毎回その人だった。

「ルーク調子良いじゃねえか」
「お前もな」

 がははと大口を開けて笑いながら場に最後の一枚を放り出したウボォーギンに肩を組まれる。酒臭いと押し退けるのに、びくともしない。この筋肉達磨を誘拐ってよくやるよな、とまだ見ぬ復讐者に感嘆の息がもれる。

「なんだあ。またウボォーとルークが早抜けかよ。この野郎」
「まあまあ、ノブナガ。一人はこのあと誘拐、もう一人は来週死亡。きっと運をこの場で使い果たしてるんだって」
「だあから! 言ってんだろ? シャル。誘拐なんてされる訳ねえって、この俺が。どんな奴が来てもぶっ飛ばしてやるよ」
「ウボォーギンはともかく俺の予言は外れるから問題ない。それと負け続けのお前に言われてもな」

 負け惜しみだろ、と両手一杯にカードを持ったシャルナークに笑いかける。すると彼はそりゃそうか、ととぼけた顔で頷いてみせた。喧嘩を売ったつもりだったがいなされてしまった。本当にこいつは上手いなあと思う。仕事の時はいつもの悪ふざけの顔を隠し、アクの強い面々の毒気を抜いてみせる。団長がいない場ではこいつが見事団員をまとめている。

「まあ確かに予言は回避できるんだけど。気を付けなよ、ルーク。油断は禁物」

 時々こうやって心配するような言葉をかけてくるから、くすぐったいような気持ちになるのを止められない。

「ウボォーも。予言では無事だけど、不測の事態が起こって死ぬかもしれない。他の皆も。予言は今回の仕事の成功を示唆してるけど、それを絶対と思わないこと」
「今更だな」

 いつの間にかウノをする手は皆止まっていた。シャルナークの真剣な声だけが響く中、ウボォーギンの野太い声が挟まる。
 ウボォーギンは立ち上がり、歯を見せて笑った。

「つまり、いつもの仕事と一緒だろ? 残らず殺して、根こそぎ奪う。こんな面白い仕事、手抜くわけねえじゃねえか」

 なあお前ら、と呼びかけられ、皆の顔に笑みが浮かぶ。
 ウボォーギンも場の空気を掴むことに長けていると思うのはこういう時だ。普段は単純馬鹿なのに、いや、単純馬鹿だからこそ、真っ直ぐな言葉を好ましく思う。純粋な感情を乗せた言葉は、心に響く。今から始まる仕事を共に楽しもうとの誘いに、乗らない奴は此処にはいない。殺戮と盗みを楽しんでこそ蜘蛛の盗賊団。そこで死んだら、なんて考えない。
 ちらりと時計を見たシャルナークが両手一杯に持っていたカードを床に落として立ち上がる。

「さあ、そろそろ時間だ。皆、行こうか」

 トランプはもう終わりらしい。けれど遊びはまだまだ続く。だから、皆も晴れやかな表情で立ち上がる。

「一人足りとも逃がさない。皆殺しだ」


 ぞろぞろと部屋を出る面々の後ろを歩きながら、騒がしい声が聞こえた気がして口角が上がった。どうやらあいつも本日のイベントに間に合ったらしい。

「ルーク! てめえぶっ殺してやる!」
「うるさいね」
「フィン。それは後で」

 気迫に満ちた怒鳴り声を発して近付いてきた男は、仲間達に軽くあしらわれてぴくぴくとこめかみをひくつかせた。いつも通りの馬鹿だ、こいつも。

「遅かったな」
「ルーク。お前、後で覚えてろよ」
「はいはい」

 どうせ今から怒りを発散させるからすぐに忘れるに決まってる。八つ当たりの対象になる奴らは少々可哀想たが、どうせ皆死ぬのだから同じことだ。
 怒気をまとった乱暴者と隣合わせで歩きながら、綺麗になった廊下を進む。目的地は舞台だ。血塗れの宴が開かれる、最高に刺激的で興奮する舞台。演者にとっても、観客にとっても、最高のものになるに違いない。


 始まりはフェイタンの司会。合図と共に獣達が観客席へと飛び出し、楽しい殺戮の宴に容赦無く参加を迫る。
 俺はといえば、フェイタンの後ろから如意棒を一直線に伸ばした。何体か貫通して尚伸びる如意棒が会場の奥まで辿り着いたところで、ぐっと如意棒を握る両手に力を入れる。
 これは場所が広くて相手が大勢いないと使えない大技だ。あまり披露する機会がないので、ここぞとばかりに目一杯力を込める。あとは単純に右から左へと如意棒を振るうだけ。俺を中心に、孤を描くように。全身にかかる遠心力が心地良い。途中なぎ払う観客達の重さも加わり、相当な負荷が腕にかかる。足に力を入れて耐え、左の壁に如意棒が激突するまで振り切る。

「ぷはっ」

 久しぶりの重労働に思わず息がもれた。如意棒を一旦消し、扱い易いいつもの長さのものを出現させる。疲労感と共に訪れたのは、開放感。目に見える物全てを薙ぎ払うのは、気持ち良い。厳密にはいち早く逃げた者や如意棒を避けるように身を屈めた者は仕留めそこねたのだが、それは血気盛んな獣達に任せれば良いだろう。

「ルーク! てめえ俺まで巻き込む気かよ!」

 そこに観客席から怒声が飛んでくる。どうやらウボォーギンは事前説明がなかったことが不満らしい。因みにウボォーギン同様観客席に出ていたフィンクスは俺が如意棒を伸ばした時点で何をするか悟ったらしく、事前に屈んでいた。
 でも、わざわざ言わなくてもウボォーギンが避けることは分かっていた。現に軽やかに飛び上がって避けていたし。そして近くで屈んで避けていた男の上にわざわざ着地して踏み潰していた。

「悪い」

 一応謝っておいてから、再び如意棒を伸ばす。舞台の上というのは最高に視界が開けている。動く者が何処にいるか分かり易い。フェイタンと共に獲物を次々と仕留めていく。
 そうして会場に動く者がいなくなるまで十分もかからなかった。

「こっちも終わったよ」

 会場から外へと繋がる出入り口の扉が開く。入ってきたのは外を任せていたシズクとマチだった。これで本当に終わり。
 呆気ないものだが、久しぶりの大技を披露できたこともあって不満は何処かへ消えてしまった。あとは宝を持ち帰るだけ、と一息ついた時、じゃらりと金属が擦れ合う音がした。
 壇上からは会場の様子がよく見える。だから、何が起こったのか、俺の目はしっかりと捉えていた。
 シズクとマチが此方へと歩み寄り、後方にいたウボォーギンとすれ違う。結果的に扉の一番近くにいたのがウボォーギンとなり、扉から侵入した鎖が巻き付いたのがその男だったのも偶然だったのだろう。

「お」

 違和感に思わず声が出た、といった風の無防備な声だった。すぐに皆反応するが、近くにいたノブナガが動くのと、鎖が引かれウボォーギンの身体が引きずられたのはほぼ同時。そしてノブナガが追いついて刀で鎖を両断するよりウボォーギンが引きずられる方が早かった。姿を消したウボォーギンを追跡しようと動いたノブナガを制するように扉の向こうからは何かが飛来する。ノブナガが日本刀で叩き切った残骸が観客によってできた血だまりにひらりと落ちる。
 その刹那、確かに俺はその何かの正体を目にしてしまった。反射的に呻き声が出る。

「げっ」

 恐らくこの場にいる者の中で即座にあの男を思い浮かべたのは俺だけだろう。しかし、確信があった。蜘蛛の盗賊団に興味があり、喧嘩を売る実力のある者。そんな奴であいつ以外にトランプを放つ者がいるはずない。予言の文面も今思えばあいつを指している。
 そう考えている内にノブナガは追跡を諦めたらしい。日本刀を鞘に戻す音が静寂の中、響き渡る。予言通り誘拐は成されてしまった。

「まあ、色々と疑問はあるだろうけど」

 どことなく落ち着かない空気が漂う場に涼しげな声を響かせたのは携帯をいじくっていたシャルナークだった。彼は皆の顔を見渡し、いつも通りにかっと笑う。

「万事予定通り。ってことでとりあえずアジトに帰ろっか」


 シャルナークの言葉のおかげで落ち着きを取り戻し、皆で向かったのは屋上。強い風が吹き込む飛行船の発着陸場に行けば、先程宝を積み込みに来た時とは全く違う光景が目に入った。数隻だったはずの飛行船が、発着陸場を埋め尽くす勢いで並んでいる。

「ウボォーは?」

 その光景を作り出した人物が何処にいるのか一瞬分からなかった。声を頼りに目を凝らせば、暗闇の中気球に寄りかかって座っていた小柄な身体を発見する。顔面を毛で覆われている為表情は分からないが、声にはウボォーギンの運命を面白がっている響きがあった。

「無事に鎖使いに誘拐されたよ。敵の予想もついたし、あとは団長に相談してからだね。コルもお疲れ様。本物はどれ?」

 無数にあるように見える飛行船の内、一つをコルトピは無言で指さす。
 他は全てコルトピが能力で作った模倣品だ。小さな傷さえ模倣してしまうそれは、傍目には区別がつかない。コルトピから一定の距離ができてしまえば消えてしまうが、逃げる時間を稼げれば良いだけなので充分だった。
 偽物は適当にルートを設定し自動操縦モードにしたらしく、無人の飛行船が次々と四方に向かって飛んで行く。その中に混じって俺達とお宝を乗せた飛行船も悠々飛び立った。


「鎖使いとトランプ使いか」

 団長はシャルナークから話を聞いてそう呟いた。
 どちらにも心当たりはあった。そしてそれは団長にも言えることだろう。予言の能力を奪う際、シャルナークから緋の眼の少年のことは聞いているはずだ。彼が鎖を使うことを。
 そしてもう一人。ヒソカのことは入団試験を受けにきたので皆が知っている。勘の良い奴は気付いているはずだ。フィンクスは覚えてなさそうだが。

「ウボォーに付けた発信機は?」
「勘付かれたみたいで外された。傍聴できた範囲で予想すると耳に特化した念能力もいそうかな。機械の音がするって言ってたから」

 無音の傍聴機を選んだつもりだったんだけどね、と続けたシャルナークは実に楽しそうだった。その様子を眺めていた団長はふっと小さく吐息をもらし、口元を緩ませる。

「その様子だと相手の人数、名前も掴めたんだろう?」
「まあね」

 飛行船の中で何かを真剣に聞いていると思ったら諜報活動に勤しんでいたらしい。恐らく発信機と傍聴機がウボォーギンに付いていることは知っていたのはシャルナークと団長だけだろう。ウボォーギン本人でさえ知らないかもしれない。それが蜘蛛の盗賊団だ。頭脳戦は得意な者に任せて、他の奴らは殺戮と奪取に専念する。だから、皆黙って二人の会話に耳を傾ける。

「敵は四人。鎖使いのクラピカはクルタ族で緋の眼を奪った俺達を敵視している。耳に特化した念能力者はセンリツ。二人は団長が予言の能力を奪ったマフィアの元護衛っていう接点がある。トランプ使いはヒソカ。一年くらい前に入団試験を受けに来たからシズク以外は知ってるだろう? 最後はキャロル。ルークからの情報によるとヒソカへの復讐を狙っていて、能力は未知数」

 げっと心中で呻く。まさかあの少女までいるとは思わなかった。まあヒソカと行動を共にしていたから聞けば納得だが。大方俺達がヒソカを殺すことを期待しているのだろう。そうすんなりと事が運ぶわけがないのだが。

「シャル。予定通りだ」

 敵は想定内だったらしい。団長は考える様子もみせず、短く命を下した。

「道化師を裏切らせろ」

 予言にはウボォーギンの誘拐が示唆されていた。同様に道化師を唆して此方に引き込むことでウボォーギンを救うことも。今回は予言通りに全てが動いたので途中の経過をすっ飛ばしたが、予言の力がなくても団長は同じ策を思い付き、ウボォーギンを取り戻したはずだ。
 キャロルの間抜け顔を思い出し、くっと喉で笑う。
 蜘蛛の盗賊団は慈善事業で復讐を手伝ってやるほど甘くはない。


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