第二次試験



 突進してくる豚の頭目掛けて背から抜き取った如意棒を叩きこむ。新たな能力、金輪の制約の副産物か、手加減は大分上手くなった。生け捕りにした豚を背負って移動し、他の受験者がおこした火の中にそれを勝手にぶちこむ。多少のいさかいがあったが、最終的には火をおこした受験者は快く場所を譲ってくれた。
 助け合い精神の素晴らしさを教えてくれた第二次試験前半の合格条件は豚の丸焼きを作ること。何事もなく合格を手にしてさて次はなんだろうと待っていれば、第二次試験のもう一人の試験官だという女が高らかに声を張り上げる。

「私の試験ではファブッチョを作ってもらうわ! ファブッチョはファブッチョでも平たいファブッチョしか認めない。ただし、味付けについては創作を認めてあげる」

 一気にどよめいた受験者達。なんだよそれ、知っているか、そんな声がそこかしこから聞こえてくることに深い安堵を抱いた。
 良かった。ファブッチョを知らないのが俺だけじゃなくて。
 蜘蛛の盗賊団では馬鹿のレッテルを張られてしまう程知識がないということは自覚しているのだ。それでも最近は少しずつ本を読んでテレビを見て、知識を得ようと努力はしている。いつかフィンクスに講釈を垂れてあいつの悔しそうな表情を眺めてやるのが小さな目標だ。

「なあ、ファブッチョって知ってるか?」

 話しかけてきたのはトンパだった。軽く首を横に振れば、だよな、と言いながら次の知り合いに声をかけに行く。
 すぐに納得したのはファブッチョの知名度が低いせいだと思いたい。トンパの前では失態はおかしていないはずだ。
 そう自分に言いきかせていれば、一際大きな声が会場である小屋に響いた。

「鳥!?」

 声の主はすぐに見つかった。黒いサングラスをかけた男がしまった、とでも言いた気に口を手で塞ぎ、隣にいた金髪の少年が額を押さえながら項垂れている。
 なるほど、鳥料理か。

 一先ず他の受験者と同じように外に出て、鳥を探した。手当たり次第鳥を捕獲しようと奮闘する受験者を翻弄するように、軽やかに宙を舞う様々な種類の鳥。一体どれを捕まえれば良いのか皆目見当もつかないが、とりあえず行動するか、と背の如意棒を左手で抜き取った時だ。
 森の中、木に背を預けて空を見上げていた少女がふと此方を向いた。一つに括った金の髪がさらりと揺れ、円らな瞳は俺にしっかりと焦点を合わせている。
 イレギュラー候補の新人は、俺を見て小さく笑った。

「私はキャロル。貴方は?」

 木から身を離し、一定の距離を保ちながら話しかけてくる。
 慎重に言葉を選んだ。

「ルーク。何処かで会ったことはあるか?」

 見覚えがある名前と顔。思い出そうとすれば、ずきずきと頭が痛み出す。痛みを隠しながら見詰め続ければ、少女は目を細めた。

「ハンター試験会場でナンパ? 余裕があって良いね」

 からかう声に、他意は感じられない。それでも緊張を解くことはできない。

「まあ、そんな格好しているくらいだもん。目的はハンター試験じゃないか」
「は?」

 格好といわれても、極普通の格好をしているつもりだ。黒いズボンとシャツ。少々頭に大きな物が乗っかってはいるが、ヒソカと比べればまともだと信じている。
 少女は軽やかな声で続けた。

「マイナー嗜好? それとも地味目なコスプレ選んだ恥ずかしがりやさん? 皆がルークみたいに分かり易かったら良かったのに」

 滔々と紡がれる言葉はヒソカのように脈絡がない。しかし、理解されないことを前提としたヒソカと違い、彼女はその意味不明な言葉が通じると確かに信じていた。
 つまり、彼女は俺の知らないことを知っていて、かつ俺がそれを知っていると思い込んでいる。
 間違いない。彼女はイレギュラーだ。
 確信を抱き、わきあがる歓喜を堪えるように如意棒を握る手に力をこめた。これからが肝心だ。まだ気を抜くわけにはいかない。

「皆? もう他の奴を見付けたのか?」
「ゴンに引っ付いてる赤毛の子、クルルだっけ。あいつはなんでか分かんないけどしらばっくれてた。まだ前世のこと思い出してないのかもね。あとはあのバカップルにも変な目で見られたし。男の方は私達と同じだと思うんだけどな。女の方に警戒されまくってすっごく苛ついた。まあ三人共弱そうだから別にどうでも良いんだけど」

 クルルは分からないが、バカップルはすぐに理解できた。寸劇好きな何とかペアのことだろう。
 何とかペアがイレギュラーであることに若干の不安を感じながら少女を見詰める。情報を引き出すならば彼女の方が楽そうだと、標的を定める。

「で、俺に何か用?」

 少女の目的次第で、出方は変わる。

「ルークは強いよね」

 少女は意図的に質問を無視してきた。その裏にあるものを探りながら、慎重に答えを返す。

「少なくとも君よりは」
「ヒソカとは仲良いの?」

 大方話しているところを見られていたのだろう。だとしてもその誤解はよろしくない。

「有り得ない」
「そう」

 何かを思案するように俯いた少女は、やがて思いきったように顔を上げた。切羽詰まったような、激しい感情を堪えるような、必死な眼差しを寄せてくる。

「貴方は、ヒソカを殺せる?」

 その言葉に隠されているものは何なのだろう。何にせよ、答えは決まっているのだが。

「無理」

 傷ついた表情を浮かべた少女を、無感動に眺める。

「ヒソカを殺す必要性が感じられない」

 イレギュラーの秘密を握っているのはヒソカであり、また殺そうとすればそれは俺の死と引き替えになるだろう。割りに合わない。

「臆病者! そんなにヒソカが怖いの!?」

 断られたという事実を少し遅れてのみこんだ少女は、突如として今までの冷静さを殴り捨て、喚き出す。まるでヒソカへの敵意や殺意を、此方にぶつけているかのように。
 詳しい事情は聞いていないが、何となく推測はできた。

「臆病者は君の方だろう?」
「なに言って」
「そんなにヒソカが怖い?」

 聞きたくないと言いた気に、少女は一歩後ずさった。
 一歩距離を詰めて、獲物を追い詰める。

「殺したいなら殺せば良い。わざわざ俺に声をかけたってことは、自分じゃ殺せないって理解しているんだろう? 臆病者のキャロル」

 唇を噛み締めて身体中を駆け巡るもどかしさを耐えているのだろう、その様に笑みが浮かぶ。今の少女が何を考えているのか、手に取るように分かってしまったのだ。それは、ゾルディックを殺して欲しいと親代わりに、団長に、願った俺がよく知っているもの。無力感と己の浅ましさに身もだえる。端から見れば、こんなに愉快なのだと、初めて知った。
 もっともっと追い詰めて、再起不能になったところで首根っこを掴み、パクノダの元に連れて行けば良い。そう方針を立てて更に一歩踏み出した時だった。

「あんたは」

 掠れた声を絞り出したのは、俯いたままの少女。

「あんたはどうなのよ!」
「何が?」
「あんたはそんな格好して一体何がしたいわけ!?」

 一先ず己のことは棚上げしたらしい逞しい少女に、うっと詰まる。
 頭に視線を感じるあたり、やはりこの被り物が問題なのだろうか。一体何だというのだろう。

「何がって」
「ああ、悪役に憧れてでもいるわけ? 良い歳してばっかみたい! もしかしてあんたが先生のところ来たのに追い返された間抜けの内の一人? そんな格好してるくらいだし悪人でも納得だけど。残念でした! 先生も私も悪い人にはなあんにも教えてあげないもんね!」

 先生。その単語に、再び頭の痛みが疼き出す。思わずこめかみをおさえた時、がさっと草を踏み荒らす音がした。

「へ?」
「助けて!」
「は?」

 現れたのは黒髪のサングラスをかけた男だった。その後ろから金髪の少年と三人の子供が続き、何故か助けを求めた少女は黒髪のサングラスの男の胸に飛び込みすがり付く。
 嫌な予感しかしない。

「助けて下さい! あの人が私のことっ」

 一斉に視線が如意棒へと突き刺さる。慌てて空の右手を振り、無実を主張してみた。
 しかし時既に遅し。先制攻撃を仕掛けた少女の言葉を勝手に曲解したらしいサングラスの男は、一歩前に出て背に少女を庇った。

「こんな可愛い子に何してやがるんだ、てめえ」

 顔の美醜は関係ないだろう。

「ちょっと待て、レオリオ。何が起こっているのか確認してから動いた方が良い」

 此方を警戒しながらも至極真っ当な意見でレオリオらしき人物を押し留めたのは金髪の少年だった。

「何言ってるんだよクラピカ。どこからどう見てもあの怪しい奴が此方の可愛いお嬢さんを脅してたんだろう?」
「単純過ぎ」
「はあ? キルアてめえ」
「そっちの女、そんなにか弱く見えないじゃん。仮にもハンター試験受験者なわけだし。むしろ神経図太そう。まあ、そっちの男が怪しいっていうのは同意だけど」

 勝手に現れて勝手に言い争ってくれている集団に、段々と苛立ちが募っていく。

「邪魔だ」
「は?」

 機嫌悪そうに殺気を飛ばしてくる銀髪の少年、ゾルディック家の暗殺者を無視して如意棒を構える。その先に見据えるのは、サングラスの男の背に隠れた少女。
 試験が始まる前からヒソカに翻弄される、邪魔が入るの連続で苛立ちは頂点に達していた。

「もう面倒臭いし」

 漫画の中心人物とか、どうでも良い。その少女を捕まえれば、あとは何とかなる。

「そいつを寄越せ。そうすればお前らを殺しはしない」

 悪役らしい台詞だ、と笑いたい気分になり、一つ気付いた。先程の少女の言葉。"悪役に憧れて"。俺の格好、このピラミッドの被り物を指してこの台詞が出てきたということは。"悪役"とは蜘蛛の盗賊団を指すのだとしたら。

「やっぱこいつが悪者じゃねえか!」
「そう、なのかな」
「そうなんじゃねえ?」

 この被り物を気に入っていたフィンクスが頭にピラミッドを被って、漫画に登場したとか、そういう偶然があったりするのか。

「ほら! あいつ私のこと狙ってる変態ロリコン野郎なの! あのヒソカと仲良く話してたし!」

 甲高い声で発せられた言葉の内容に、一気に思考がかき乱される。

「なっ。それは無い!」

 一拍遅れて少女の言葉の意味を理解し否定したが遅かった。五組の訝しげな視線が糾弾してくる。

「確かに。第二次試験始まる前、あいつがヒソカと話してるの見た」
「俺も俺も」
「本当? クルル、キルア」

 三人の子供が和気あいあいと話しながらヒソカの知り合いというだけで俺を変な目でくる。本当にあいつは疫病神かもしれない。
 項垂れつつ、もう問答無用で実力行使にでるしかないと如意棒を握り締めた時だった。
 一瞬の隙をつき、視界が真っ白に染められる。煙幕だと理解したのと、少女が動いたと察知したのがほぼ同時。

「一体何だ? って、うわっ」
「レオリオ? 大丈夫!?」

 咄嗟に地を蹴りつけサングラスの男を右手で殴り飛ばす。不明瞭な視界でも既に少女が男の後ろにいないことは確認できた。更に円を広げるが、少女のオーラは感知できない。
 まんまと少女は俺から逃げおおせたのだ。

「くそっ」

 それでも簡単に諦めるなんて出来やしない。一気に騒がしくなった奴らを放置し、少女の影を求めてすぐに駆け出した。

 試験そっちのけで森をさ迷い歩くこと一時間。小屋目掛けて飛行船が降りてきたので一旦捜索を打ち切った。もしあれが第二次試験の合格者を乗せるものであるならば、そこに少女がいる可能性もある。
 一僂の望みをかけて半ば祈りながら辿り着いた空間に、しかし目的の少女はいなかった。代わりに目ざとく俺を見つけて近寄ってきた人物に舌打ちをもらす。

「やあ、ルーク。やっぱりメンチの試験は合格者ゼロだったよ」

 何が"やっぱり"なのか意味が分からないが、今聞くべきことは別にある。

「お前の情報源はキャロルとかいう餓鬼だろう? ヒソカ」

 確信を持って尋ねれば、奇術師はにっこりと目を細めた。
 肯定も否定もしないが、両者に繋がりがあることは確かだ。キャロルとかいう金髪の少女は、ヒソカに対して恨みがある。それがどうして情報提供に繋がるかは不明だが、この反応を見る限り間違いない。

「キャロルは用事が終わったみたいだからもう帰ったよ。残念だったね、ルーク」

 明確に知り合いなのだと口にしたヒソカは、尚も楽しげに言葉を続ける。

「もう一人のイレギュラーは手強そうだ。頑張ってね」

 にこやかに手を振り、さっさといなくなった。おちょくられているのだと理解しているからこそ、その状況に甘んじなくてはならない己に腹が立つ。

 やり直しだという第二次試験の後半、卵を取りに行き、茹で卵を作って合格を手に飛行船に乗り込む。真っ先に向かったのは、イレギュラー候補の何とかペアのところだった。


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