同盟



 46時間を残してゴールの広間に辿り着いた俺はすぐに餓鬼共から離れた。必要な情報はある程度入手できている。ゴンとキルアの能力や性格、そしてクルタ族の"クラピカ"がキーとなること。クルルの父親疑惑が若干気になるが、帰ってシャルナークに調べてもらえば良い。
 これ以上餓鬼共に付き合う必要はない。そう判断して少し離れた所に移動したのだが、早々後悔している。

「良いなあ。ずっと彼らと一緒だったなんて。ずるいよ、ルーク。僕も誘ってくれたら良かったのに」

 餓鬼共にひっ付いているべきだった。それでもヒソカが寄ってくる可能性はあるが、一対一より断然ましだ。

「そんなに言うならゴン達の後をつけてくれば良かっただろう? トンパより前に来れば合流できた」

 今更ながら深くトンパに感謝する。良かった、ヒソカじゃなくて。1時間以上こいつと同じ空間にいるくらいならば迷わず失格を選んだだろう。

「キャロルが一人の道を選べばお楽しみが待ってるって言ったから。でも全然楽しくなくてねえ。ガセ掴まされちゃったよ」

 ストレスたまっちゃった、と呟きながら物騒なオーラを放ち始めたヒソカからそっと距離を取る。
 どうやら元日本人の少女、キャロルとヒソカは完全な同盟関係を結んでいるという訳ではないらしい。まあ、キャロルがヒソカを殺したがっていることからしてどこかおかしな関係なのだが。

「次の試験は楽しくなると良いなあ」

 赤い舌をちろりと出しながら合格者を凶悪な視線で眺めるヒソカから更に一歩分横にずれる。そうしてそろりと気配を殺しながら立ち去る間際、思い出して声をかけた。

「そうだ、ヒソカ。見付けたよ、イレギュラー」

 見せびらかすように懐から出したサンという少年の連絡先をひらひらと振る。これでもうおちょくられることはないだろうと得意気になりながら。
 眉根を上げてつまらなそうに口の端を歪めるヒソカに、満足して背を向けた時だった。

「イレギュラーのうんだイレギュラーは見付かった?」

 顔だけで振り返る。ヒソカの視線は手の内でいじくるトランプに向けられており、その台詞にどんな意味があるのか悟らせてくれない。

「クルル、だろ?」

 けれども、そう答えた瞬間口許に醜悪な笑みが浮かんだことは理解できた。

「クルルの正体は分かった?」

 面白がるような視線が向けられる。あのくそ餓鬼の正体に大層な秘密が隠されているのか、それともただおちょくられているだけなのか、全く判別が付かない。

「さあな。興味ない」

 だからこそ、ばっさりと切り捨てる。下手に食い付けばヒソカの思う壺だ。それにあの餓鬼に秘密があったとしても、俺には関係のないことだろう。俺の子供でもあるまいし。

「答えは意外と近くに転がってるよ、お兄ちゃん」
「その呼び方は止めろ」

 強くそれだけ言えば、ヒソカはひょいと肩をすくめてみせた。まるで此方が駄々をこねているかのような反応に、怒気が膨れ上がる。それすらも面白がるヒソカから強引に視線を外し、今度こそ彼から離れて壁際に腰を下ろした。少しでもヒソカから離れようと努力した結果、新人の念能力者のすぐ隣になったが、なるべく視界に入れないないようにすることで耐える。全身に打たれた釘がかたかた音を立てていても気にすまい。ヒソカの隣よりはきっとずっとましだ、そうひたすら自分に言い聞かせて時間が過ぎるのを待った。
 制限時間まで1時間を切った時、やっと目的の人物が現れた。

「クラピカ! レオリオ!」

 喜色満面のゴンが駆け寄る二人の内の一人、金髪の少年に視線が吸い寄せられる。

「遅かったじゃん」
「うっせーよ、キルア! 遅かろうと早かろうと合格したもん勝ちだろう?」
「その通りではあるが、散々道草を食うことになった原因であるレオリオには言われたくないな。まあゴン達も合格していて何よりだ」

 ゴンと笑みを交わす少年、"クラピカ"と呼ばれた彼の衣装は、確かにクルタ族のものだった。緋の眼を持つ一族。どうしてかは分からないが、生き残りがいたらしい。彼は、きっと蜘蛛を憎んでいる。

「ゴン達はどうだったんだ?」
「俺達はトンパとルークと一緒だったよ!」
「ルーク?」
「ほら、第二次試験で女の子と揉めてた男の人!」

 当たり前だ。自分の一族を皆殺しにされて、憎まないわけがない。己を独りきりにした盗賊団を、憎まないわけがない。
 会話の流れで此方を向いた金髪の少年と目が合う。訝し気な視線に、憎しみは欠片も見出だせない。正体を知らないから当然のその反応がどこかおかしく、自然と口許に笑みが浮かぶ。

「ああ、あの変態……」
「変態ロリコン野郎か!」

 眉をひそめながら呟いた金髪の少年の言葉に重なるように、開けた空間に響いた大きな声。全員の注意が声の主、長身の黒髪の男に集まり、その後彼の人差し指が指し示す俺を見る。
 口の端がひくひくと痙攣するのが分かった。

「あのな。お前は俺にどんな恨みがあるんだ?」

 苛立ちを隠さず男に近付く。ここで撤回させなくてはここにいる奴ら全てに俺という人間が誤解されてしまうではないか。

「いやあ、別に恨みはねえが」
「第二次試験の時レオリオ殴ったのこいつだぜ?」

 頭をかいた男の横で、キルアが飄々とした口調で言葉を被せた。

「やっぱお前は敵じゃねえか! ゴン! こいつに近付くんじゃねえぞ!」

 すさまじい勢いで唾を吐きながら距離を取る男を眺めながら思う。
 鬱陶し過ぎて、これ以上話をする気にもなれない。
 全てがどうでも良くなってきたので、くるりと踵をかえす。"クラピカ"と話しておきたかったが、あとはシャルナークに任せれば良いだろう。変態と思われてもどうせ今後関わることはないのだからと投げやりな気持ちになりながら、元いた場所に腰を下ろした。
 欠伸をかみ殺してちらりと制限時間を見やればあと30分。このまま待って、第四次試験会場に向かうまでにひっそりと離脱しよう。
 棄権の決意を固めながら待ち、制限時間まであと1分を切った頃、がこんと音を立てて扉が開いた。思わず注意を向けたそこから出てきたのは一人。見覚えのあるイレギュラーの少年は、よたよたと中へと入ったあと力尽きた様子でその場に座り込んだ。放心した様子の少年が虚空を眺めること数秒の後、機械音が鳴り響く。
 そうして第三次試験は無事終了した。

 第四次試験会場に向かうための移動中、棄権を告げようと試験官を探していた時だった。

「ルークさん!」

 先程の意気消沈ぶりが嘘のように晴れやかな笑みを浮かべて駆け寄ってくる様に、自然と偽物の笑みが浮かぶ。

「合格おめでとう」
「ルークさんも!」

 弾けるような笑みで言ってから、サンは視線を落とし、言葉を続けた。

「エレノアは失格になっちゃったんですけど」

 沈んだ声音に、先程の呆然自失とした様子が脳裏によみがえる。なるほど、保護者兼恋人が死んでしまって落ち込んでいたのか。それでもすぐに立ち直っているあたり、相当図太い神経をしているのかもしれない。

「僕、エレノアの分まで頑張ります」
「ああ、きっとエレノアも草葉の陰でお前を見守っている」

 視線で試験官を探しながら適当な励まし文句を口にすれば、きょとんとサンは首を傾げた。

「まあ僕の合格を祈ってくれてはいますけど。あの……、ルークさん? エレノア、生きてますよ?」
「あ?」

 つい素の驚きがもれて瞬きを繰り返す。

「ああ、そうだったのか。それは良かった」

 一拍遅れて理解したのだが、ではたかが同伴者が失格したくらいであの落ち込みようだったのか、という呆れが声に出てしまった。不審気に眉をひそめる少年に、まずいと頭に警鐘が鳴る。

「あの、ルークさん。本当に、貴方は僕と同じですよね?」

 足を止めたサンにならい、列から少し離れたところで彼と向き直る。声の調子をひそめて確かめるように囁かれた言葉に、意味が分からないながら頷いておく。

「ああ」
「元日本人で、電車事故で死んだ?」
「そうだ」

 探るように説明された言葉に、今度は自信をもって頷く。サンは更にぎゅっと眉間の皺を強くして続けた。

「なら、何故そんなに死に対して軽い言葉を使うんですか?」

 険しい声で追求され、やっと己の間違いに気付く。この少年は、俺があっさりエレノアの死を口にしたことを怒っているのだ。
 すかさず手を当てて、にやける口許を隠す。
 有り得ない。あまりに平和呆けした思考回路。命は何より尊ばれるべきもので、死は忌諱されるべきもの。平和な暮らしの中ならばともかく、このハンター試験の最中に当然のように綺麗事を押し付ける、その傲慢さに笑いが止まらなくなりそうだった。
 緩みそうになる唇を何とか引き締めて少年を見詰める。挑むように真っ直ぐ突き刺さる視線に、下手な誤魔化しはすまいと決める。

「ここは日本じゃない。今、俺達が受けているのは何が起こってもおかしくないハンター試験だ。お前だって命の危険があることは理解しているだろう?」
「もちろんです」

 きっぱりと断言し、サンは見目に似合わぬ強気な口調で続けた。

「どこに危険があるか分かっているからこそ、助けられる人は助けたい。そこにある死の可能性を軽んじるのはおかしい、ってことを言いたいんです」

 容赦のない糾弾に、自然と口許が引き締まる。単純に非難されたことに対する怒りか。それともどこまでも甘過ぎる考えを持っていることが疎ましいのか。サンに対する負の感情が胸に渦巻き敵意となって吹き出しそうになるのをぐっと堪える。
 殺してはいけない。ずっと昔蜘蛛の盗賊団に迷いこんだ少女を衝動的に殺してしまったような愚はもう犯せない。死体からは記憶を引き出せないのだから。

「悪かった」

 口許を覆う手を外し、わざとらしい苦笑をもらす。

「草葉の陰からっていうのは冗談だったんだ。日本人だからこそ通じる諺だろう? まあその後も誤解を助長するようなことを言ったのは」

 言葉を区切り、少しだけ視線を落とす。そして悲しみをのせるように低く細い声で続けた。

「確かに不謹慎な冗談だったけど、分かってもらえなかったのが寂しかったんだ。それに、やっと同類に会えたって俺一人盛り上がってたみたいで恥ずかしかった。餓鬼みたいに拗ねて悪かったな」

 多少無理のある偽りの理由を言い切り、騙されてくれると良いな、と希望をもって俯いてしまったサンを見守る。

「……んな」
「ん?」

 低すぎる声が聞き取れず聞き返した瞬間、彼は勢い良く顔をあげた。

「そんな風に謝らないで下さい!」

 目尻に涙がたまっているのを見て、やっと己の失態に気付く。
 俺は知っていたはずなのに。第一次試験の最中ペアの女としょっちゅう寸劇を繰り広げていたくらい、こいつは妙な方向に熱い男だっていうことを。

「すみません。僕、勘違いしていて。勝手に悪い方に考えちゃってすみませんでした! 僕も貴方に出会えて嬉しいです!」

 上半身を綺麗に折り曲げて謝る姿と最後の台詞に頬がひくつく。そして改めて思った。こいつとは絶対に気が合いそうにない。
 どう返そうと言葉を探している内に、サンは真っ直ぐ立ち直し、真剣な眼差しを寄せてきた。

「でも、今後悪い冗談は止めて下さい。僕の前では絶対に」

 意思の強さがうかがえるきっぱりとした口調だった。
 先程から垣間見せる態度の変わりように、判断する。
 この少年は甘い。甘いけれど、昔ハンター試験で出会った眼鏡の男と同じく甘さを突き通そうとする強さを持っている。こいつは、決して悪を許さない。蜘蛛の盗賊団を、否定する。事情を話せば協力しないだろう。
 ならば騙しきろう。彼が望む、日本人らしい温い思考の良い人を演じよう。

「ああ。悪かった。今後は軽々しい冗談は言わないと約束する」

 サンの目をしっかり見返しながら、そよ風で吹っ飛ぶくらい薄っぺらい言葉を紡ぐ。嘘がばれないよう、さっさと話を変える。

「詫びに協力するよ。ハンター試験に合格したいんだろう? 俺はもうサンに会えたから試験を受けた目的は達成したし」

 ここで恩を売っておけば楽に懐柔されるだろう。そんな思惑から発した台詞に、サンは目を丸くした。

「ルークさんも、同じ境遇の人を探す為に参加したんですね」

 思い通り勝手に誤解してくれた少年は、再び安堵と信頼のこもった温い眼差しを寄せてくる。

「僕も、ずっと会いたかったんです。同じ境遇の人に」

 万感の想いを詰めこんだように声を震わせ、ふっと視線を落とす。

「日本らしき場所が舞台の本を読んで、もしかしたら同じ日本人がこの世界にいるかもしれないって希望を持って。どこかの診療所にも足を運んだんですけど、そこでは何も掴めなくて。それでも諦められなくて、ここに来たんです」

 日本が舞台の本。診療所。それらの単語にひっかかるも、もやもやとしたそれは考えようとすればするりと抜け出していってしまう。代わりに浮かんだ疑問を口にした。

「なら何でエレノアを連れてきたんだ?」

 サンは女に秘密を明かしていないようだった。女の前ではばれないように必死に隠していたようにも思える。矛盾した言動を指摘すれば、苦笑が返ってきた。

「エレノアは、僕を心配してついて来てくれたんです。ただ自分の力を試したいから試験を受けるとしかエレノアには言えなかったですし。それに元々身体が弱いので」

 恥ずかしいそうにはにかむ様に、納得する。第一次試験の時にはたかがマラソンで死にそうになっていた。あれで心配するなという方が無理があるだろう。

「それでも僕はここに来たかった。何処かにきっと僕と同じような人がいると思っていたかったし、それに僕はこの世界の未来を知っている」

 未来を知っていると断言されたことにじわじわとわきあがる歓喜。自然と満面の笑みが浮かぶ。俺の反応に後押しされたかのように、サンは頬をゆるませて続けた。

「僕の目の届く範囲では、絶対に誰も死なせません。もちろん僕一人でもやり遂げる気でいましたけど、ルークさんも協力してくれるなら、絶対にできる気がします! 本当に有難うございます!」

 向けられたきらきらと輝く眼差しに、思う。
 まずい。対応を間違った。


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