意外と押しの強い少年に流されるように列へと戻り、棄権のタイミングを完全に逃してしまった。こうなったら自棄だと第四次試験に参加することになり、待ち構えていた試験官に指示されてくじを引く。書かれた番号に目を細める。何度見ても変わらないそれを、無言で試験官に突きつける。
「何だね?」
飄々と言ってのけた試験官に、低い声が出た。
「俺は、399番のはずだが」
試験が始まる時に渡されたプレートが399番。試験官に突きつけている番号が399番。そして今引いた番号は、第四次試験での獲物の番号のはずなのだ。
自分のプレートと、獲物のプレートが3点。それ以外のプレートは1点。6点集めれば合格というのがルール。
自分で自分を狩るとか、無理に決まっている。
背の低い試験官は細い目を更に細くして気味の悪い笑みを浮かべた。
「問題ない」
「そうか」
まあ、確かに適当に三人狩れば良いだけなのだが。それでも釈然としないものを抱えつつ、後ろで順番を待つ餓鬼共に場を譲った。
「良かったですね、ルークさん」
試験会場までの移動時間、甲板で風に吹かれていれば、いそいそと少年が寄ってきた。何が良かったのか分からない。そんな疑問が顔に出ていたのか、少年は勝手に話し出した。
「自分が獲物っていうことは誰にも狙われないじゃないですか。僕は誰に狙われるかさっぱり分からない。僕とルークさん、あと赤毛の子とか他にも何人か増えているから、流石に漫画通りにはいかないでしょうしね」
残念そうに吐息をもらす様に、少しだけ胸がすくのを感じた。未来が掴めないという至極当たり前の状態になった少年にざまあみろと吐き捨てたい気分だ。
それと同時に、成り行きで少年と共に第四次試験を受けることになったことに安堵する。もしこの少年がヒソカに狙われて殺されでもしたら、折角の手掛かりを失うことになる。どんな状態であってもパクノダのところへ連れて行く時までは必ず生きていてもらわなくてはならない。
「まあ、たとえ多少の道筋が変わろうと僕達のやることは変わりませんよね! ルークさん」
目を輝かせて意気込む餓鬼を眺めながら自分に言い聞かせる。
殺しては駄目だ。ここは耐えろ。
何故俺が"僕達"の括りに入れられているのか問い詰めたくなるのを必死に堪えた結果沈黙を選んだ俺に構わず、少年は言葉を続けた。
「第一次試験では間に合わなかったけど、第四次試験ではヒソカの殺しを止めて」
とんでもなく難易度の高いことを軽々しく口にしながら少年は人指し指を立てる。
「あとイルミの殺しも止めて」
やると決めていることを数えるように、次いで中指を立てる。
どうしよう。イルミが誰か分からないが、俺に漫画の知識があると思いこんでいるだろうこいつに、無知であるとさらして良いかまだ判断がつかない。
「第四次試験だとこれくらいでしょうか。他の受験者は殺さない程度にプレート奪ってましたよね?」
確認のように尋ねてきた少年に、曖昧な笑みを返す。俺も昔漫画を読んだことはあるはずなのに、詳しいことは全く思い出せない。
「あと最終試験でのキルアとイルミの対決も何とかしなきゃ」
薬指を立て、己の立てた三本の指を眺めた少年は、まとまった考えに安心したように息をつく。
「そっか。あとは三つで良いんだ」
思わずまじまじと少年を見やるが、晴れやかな表情に冗談を言った気配はない。
本気だ。こいつ。本気でヒソカを止めようとしている。イルミが誰か分からないからあと二つがどれほど大変かは分からないが、あのヒソカの殺人を止めるとかいう馬鹿げたことを本気でなし遂げようとしている。馬鹿だ、こいつ。
「ああと」
眉間に寄った皺をもみほぐしながら出した声は自然と渋いものになった。
「なんですか?」
対して返ってきたサンの声はすっきりとしたもの。
こみあげる苛立ちを押し殺しながら、疑問を解決する為に口を開く。
「ヒソカを止める秘策とか、あるのか?」
暗に俺には無理だと告げれば、サンは誤魔化すように頬を掻いた。
「多分……。ヒソカの居場所さえ分かれば」
思わず凝視した先、少年は居心地悪そうに視線をそらし、海を見詰める。
今までは彼の持っている情報だけが目当てだった。いかにも弱そうな少年自身には全く興味すら持てなかった。
だが、今更ながら思い出した。ヒソカはこの少年に興味を持っていた。強い者にしか執着をみせないあのヒソカが。そしてもう一つ、第二次試験が終わった後のヒソカの台詞を思い出す。もう一人のイレギュラーは、面白い能力を持っている、と。
「湿原を更地に変える能力、だったか」
うろ覚えの台詞を口に出せば、勢い良く少年が此方を向いた。目を丸くしながら小さな声で呟く。
「見てたんですか?」
「第一次試験の時に」
ヒソカがな、と心の中で続ける。サンの反応を見る限り、ヒソカの台詞に嘘はなかったようだ。
「そうだったんですか」
落ち込んだような声音に、隠された内心を推測する。念能力者にとって己の能力の詳細を知られることは致命的だ。だからこそ人目につくような場所で能力を発動してしまったことを悔やんでいるのだろう。俺からすれば有難い隙の多さだ。
「ルークさん!」
密かに感謝を捧げていれば、いきなりサンが声を張り上げた。突然の調子の変わりように、嫌な予感がひしひしとする。
「あの、僕の能力のこと、聞いてもらっても良いですか?」
どんな方向に暴走するのか、身構えていた俺の耳に入ったのは、そんなある意味有り得ない言葉だった。
「あ、ああ」
自ら教えてくれるならばそれに越したことはない。都合の良い展開に僅かな警戒を抱きながら大人しく耳を傾ける。
「僕の能力は……」
サンは無造作に右手の手袋をとった。露になった手は歳若いことを考えてもあまりに小さく、そして痩せ細っていた。その手にオーラが集まる。ゆっくりと枯れ木のような右手が此方に伸ばされる。
その瞬間だった。幾多もの危機を乗り越えた身体は、考えるより早く動いた。
一瞬にして甲板の端まで飛び退く。己の身を守るように如意棒を前に構える。
一連の動作を終えて、漸く一呼吸入れることができた俺の視線の先で、少年は微動だにせず、ただ苦笑をもらした。次いでゆっくりと手袋をはめる。途端に身体の緊張がとけるのが分かった。如意棒を背負い直し、甲板に出ていた他の受験者の訝し気な視線を無視してゆっくりとサンの元に戻る。
警戒を表すように三歩分距離を置いたところで歩みを止め、気まずそうに視線を落とす少年を見下ろした。
「流石ですね、ルークさん。僕の能力が危険なものだって分かるなんて」
「今のは何だ?」
自嘲するように此方を褒めてきた少年に、短く問いかける。
得体の知れない、不気味なオーラだった。一瞬だけ漂った濃厚な死の気配にのみ込まれそうになった。本能が、この痩せ細った少年に怯えてしまった。
「ルークさんの持っている棍棒は、オーラでできていたんですね」
瞠目する。今までサンの前で如意棒を使ったことはないはずだった。
「何故?」
「僕のオーラが反応していたので」
躊躇いを示すような僅かな沈黙の後、サンは思い切ったように顔をあげた。すがるような瞳で見上げてくる。
「僕の能力は、オーラの捕食。湿原を更地に変えたのは、あそこに生息していた動植物のオーラを全て自分のものにして、殺したからです」
真剣な様子に嘘を吐いている気配はない。死を軽く扱うなと此方を非難した口が吐き出した、殺した、という言葉の響きはひどく平坦だった。
「僕は元々身体が弱くて。虚弱体質なので。他人のオーラをもらわないと、こうやって自由に動くことすら出来ないんです」
寄生虫。そんな言葉が脳裏に浮かんだ。己一人の力では生きていくことができず、他社の生命源、オーラを食らうことで行き長らえる。
マラソンであれだけ疲弊していたのは、元の体力が皆無に近いからだ。そして湿原でオーラを奪い、体力を回復させた。恐らく手袋を外すことが能力の発動条件。
恐ろし過ぎるその能力に、悪寒が走る。如意棒がオーラを具現化したものであることは既に知られてしまった。彼の能力を使われれば、如意棒は消滅してしまう。それどころか、オーラを根こそぎ奪われれば、死ぬ可能性も高い。
「やっぱり、怖い、ですよね」
声を震わせながら、それでも己を鼓舞する為にか無理をして笑みを作る。健気ともとれるその様に、決意を新たにする。
俺が蜘蛛であることは隠しきろう。力付くで何とかできる相手ではない。幸い騙され易い性格をしているのだから、最期まで騙しきれば良い。
緊張を逃がすように大きく息を吐き出し、慎重に言葉を発する。
「正直、怖い」
本能が恐怖を覚えるのは、極当たり前の反応。
「だけど、サンが力の使い方を間違えることはないと、俺は信じている」
安っぽい信頼の言葉に、サンは目を輝かせた。
「ルークさん……」
素直に感動を露にする姿を、内心で罵る。
相手のことをよく知りもしないで簡単に信じるなんて言ってのける人間は、馬鹿か悪人かのどちらかだ。そしてそんな言葉を信じる人間は、馬鹿だけだ。
そんな馬鹿を見下ろしながら、努めて朗らかな笑みをつくる。
「サンの力があれば、ヒソカを止めることも出来そうだな」
適当にサンを良い気にさせる台詞を吐き出しながら、脳裏に新たな考えが浮かんだ。
蜘蛛を、ウボォーギンとパクノダを殺すのはゾルディックではなく、ヒソカかもしれない。あの男なら、二人を殺せる実力を持っている。だとすれば、サンの能力を利用してここで殺しておいた方が良いかもしれない。団長に禁じられたのはゾルディックを殺すことだけ。ヒソカは、殺せる時に殺しておいた方が良い。
要は、"人殺し"を疎むこの少年の力を上手く利用し、騙し、"仕方なく"ヒソカを殺めれば問題ない。
「有難うございます、ルークさん」
感激したように声を震わせるサンに、疑う様子はない。
「じゃあ第四次試験ではまずヒソカを探すか」
もう一人、サンが口にしたイルミのことはよく分からないが、今は放っておいても良いだろう。それよりもヒソカ殺害に全力を注ぐべきだ。
そしてサンと一緒にヒソカ対策を考えていれば、第四次試験会場だという孤島に辿り着いた。第三次試験の合格順に船から降りる為、サンは一番最後。
「お待たせしました!」
元気良く島におり立った少年は、船のすぐ傍で待っていた俺の元へと一目散に走ってくる。
ヒソカとそれからサンによれば"イルミ"も俺より順番が早いらしいため、捜索より合流を優先したのだ。
「じゃあ、行くか」
ひょろいけれど凶悪な念能力を身に秘めた少年を従え、森に入る。
こうして第四次試験は始まった。