入団



 少女はじっと目を開いたまま俺の顔を見詰めていた。動じる様子は欠片もない。
 風が生まれる。金属音が鳴り響き、遅れて俺の目はそれを捉えた。
 中華風の服を着た小柄な少年。細い両の瞳はこれ以上ない程に釣り上がり、此方をぎりぎらとした憎しみでもって睨み付けている。

「馬鹿力ね」

 神経質そうな声のあと、愉しげに笑う。

「でもウボォーより弱いよ」
「あったりめえだろう!」

 又しても新たな声。背を向けていた入り口に蠢く強者の気配。多過ぎる。一体何人いるのやら。

「お帰りなさい。皆無事?」
「無事だけど。何? 侵入者?」

 足に、腕に、力をこめて正面の男を力任せに叩き潰そうとした時だった。

「いや、新入りだ」

 クロロの声に反応し、間近にある細い目が愉悦に笑む。瞬間、右にずれたと思ったら棒を左に流された。崩された体勢に、迫りくる何か。咄嗟に床を蹴り、後ろに飛び退いて棒で何かを弾き飛ばす。が、次々にそれは襲いくる。一撃一撃は軽いのに、目が追い付かない程に速い。

「はあ? 何言ってんだよ、団長」
「私も聞いてない。どういうこと?」
「ああ。今言った」

 避けきれない小振りのナイフは、小さな切り傷を確実に刻んでくる。もし毒が塗られていたら、もしくは傷を作ることで発動する念能力だったら既に俺は負けている。分かっているが、息もつかせないような攻撃に、防御で手一杯だ。

「蜘蛛の手足は12本だ。足りなくなれば補充する」
「団長……」
「ちょっと待てよ。メンバー増やすのはまあ良いとしてだ。そいつは何者なんだよ。流星街の奴じゃねえだろ?」
「ルークだ」
「そうじゃなくてだな」

 速さを武器にしている相手に勝つ方法は二つ。相手の足を止めさせる、または相手の速さを上回る。後者は無理だ。たとえ棒を捨てても純粋な肉体の速さじゃ敵わない。となると選択肢は一つしかない。
 防御に徹しながら、淡々と隙を伺う。

「噂のマフィア狩り、だろう? まさかこんなに若いとは思わなかったな。俺の情報網にもなかなか掴まらなかったし。クロロ、今回は俺のお手柄じゃない?」
「シャルは黙ってな」
「ってかおめえ知ってたのか?」
「まあね。団長に調べろって言われてたし」
「そもそもあいつ強いの? フェイに殺られそうだけど」

 額を切られ、血が目にかすった。

「全然よ。団長。こいつ殺して良いね?」

 金属音と共に、ナイフを棒で受け止める。今しかない。ほんの僅か、相手だけに分かるよう力を抜く。少年は勝利を確信し、にたりと笑った。

「ああ。ここで殺られるようなら要らない」

 両手から右手に棒を持ちかえ、迫るナイフを避けるように片膝を床に落とし、上体を屈める。髪をごっそり切られたが、気にしない。左足を大きく回すのと同時に、左手にオーラを集める。
 足払いをかけられた少年は、軽やかに空に飛んだ。1mの棒が届かない安全圏へ。足場のない、速さを生かせない空間へ。

「こんな所で死ねるか」

 右手の棒を手放す寸前、左の掌からオーラの固まりが噴出する。それは忽ち物質を形造った。細く長いそれは、ぐんぐん伸びる。
 俺が普段背負っている棒はオーラで覆っているが、それだけだ。念能力の発ではない。勿論ただの棒で大概の相手は殺れる。だが、それが効かない相手。特に念能力者相手の場合は、俺も発を使う。始めに手持ちの棒を使うのは、油断を誘う為だ。間合いを勘違いさせる為。
 少年が飛び上がるのと同時に、形を成したオーラの棒は少年を追うように一直線に伸びていく。1mを越えて。

「甘いね」

 少年は空中で体勢を変え、胸を突くはずだったオーラの棒は空を突いた。ひらひらとした服の中から取り出したのだろう、黒光りした刃物が頭上から飛んでくる。避けようと思えば避けられるそれをそのままに、具現化した棒にオーラを集中させた。
 確かに相手は速い。目で追えない。けれどこの伸縮する棒、そのままの名前だが如意棒を操作するだけなら速さに追い付ける自信があった。相手の動きが見えないならば、予測出来る動きをさせてそれに対応すれば良い。
 少年は崩れた体勢のまま、正面に突き出された如意棒を蹴って後ろに飛ぼうとした。俺の予想通りに。
 1mちょっと、少年の小さな身体分だけ如意棒を縮ませる。足場のなくなった少年の身体は更に横へと倒れる形で安定を失った。
 左手に握り締めた如意棒をほんの少し傾ける。左肩に、右脇腹に、先程投げられた刃物が突き刺さった。更に少年は闘志を失わず、くないのような物を投げてくる。でも、これで終わり。
 勢いを付けて如意棒を伸ばした。少年の腹目掛けて。何処までも伸びるそれは、壁に少年を突き刺したところで消滅する。
 小さく息を吐いたところで、遅れて痛みが襲ってきた。ふと視線を落とせば左手の甲にくないが突き刺さっている。この衝撃で如意棒を落としてしまったらしい。俺は放出系と相性が悪いらしく、身体との接触が断たれればすぐに如意棒は消滅してしまう。今後の課題だな、と思いつつ身体に刺さった物を一つ一つ抜いていった。
 しんと静まりかえった空間で、未だ興奮はさめない。ぐるりと辺りに視線を巡らせ、いつの間にか増えている少年少女の中に目的の人物を見付ける。もう、彼女しか視界に入らなかった。

「お前の能力面白えな!」
「次は俺とやろうぜ」
「ちょっと。まだ話は終わってないよ」

 掛けられる声も全て聞き流す。水平に掲げた左手に再びオーラを集中させる。

「あんた、ルークだっけ? 団員同士のマジ切れ禁止だよ」

 近付いてきた少女が強引に視界に割り入ってきた。仕方なく視線を合わせれば睨み付けられる。

「退いてくれる?」

 眉をしかめながらも、動く気配のない少女。

「クロロ。よく分からないけどさ、俺はパクっていう女を殺したいだけなんだ」

 瞬間、凄まじい量の殺気が向けられる。けれど感覚が麻痺してしまったかのように、何も感じなかった。
 彼女は可哀想と言った。アリスが、それとも俺が? 売られたから可哀想だとでも? どうせ彼らにとっては他人事だ。どんな感想をもとうが構わない。だからといって、言われて良い気がしないのは当然だ。

「パク」

 クロロの呼び掛けにすっと少女は立ち上がった。俺の前に立ちはだかる少女の肩を叩き、後ろに退かせる。

「有難う、マチ。大丈夫よ」

 いつでも援護出来るようにだろう、武器らしき糸を握り締めたまま後ろに下がった少女の鋭い視線は無視する。
 パク何とかという名の少女は、俺をじっと見詰めたまま口を開いた。

「団長の命令だから謝るわ。ごめんなさい」

 そのまま颯爽と身を翻す少女。怪我を負った足を引き摺りながらも真っ直ぐ歩き、元の場所にさっさと座り込む。

「今の、謝罪?」

 頭を掻きながら、クロロを流し見る。

「ああ。謝罪だな」
「そっか」

 あまりにも堂々とした中身のない謝罪に、呆気に取られてしまった。未だ怒りは完全に取り払われてはいない。けれども、殺意は消えていた。
 ゆっくりと左手を下ろす。くるりと振り返り、先程の攻防の最中手放した棒を取りに行った。

「ねえ、団長。さっきの話、本気?」
「俺は良いと思うけど」
「シャルは黙ってな」

 背後で交わされる論争に口を挟む必要は感じられなかった。むしろ良い機会だと思い、じっと聞き耳を立てる。この盗賊団が仲間割れしているのなら、俺にとって都合が良い。別に入りたくて入ると決めた訳ではないのだし。
 埃にまみれてしまった棒を右手で拾い、上着の裾で汚れを拭った。多少荒い扱いをしても壊れない丈夫な棒だ。親代わりは随分と奮発してあつらえてくれたらしい。

「流星街の人間でないと駄目か? 俺達は一体何の為にあそこを出た?」

 嫌な予感。棒を背負い直し、振り返れば輪の中心にクロロがいた。低い静かな声に、皆が注目している。一、二、と数えてみればクロロの他には十人。壁の傍でへたっている少年を入れれば十一人で盗賊団のメンバーが勢ぞろい。先程騒がしかった連中全員が、団長であるクロロの声に耳を傾けている。
 どうやら期待は裏切られたようだ。

「ちっぽけな街に満足出来なくなったからだろう? 違うか? ノブナガ」
「その通りだ、団長」

 クロロがいる限りこの集団で仲間割れは有り得ない、それをまざまざと見せつけられる。

「俺達は得体の知れない鼠一匹増えたくらいでどうにかなるような集団か? 答えろ、マチ」
「違う」

 少女の即答に、満足そうに頷くクロロ。大した自信だと白けた目で眺める俺を、クロロは真っ直ぐ見詰めてきた。

「あいつはルーク。見ての通り念も使える。血縁者は一人。売られた妹を探しているらしい。シャル、手伝ってやれ」
「オーケー」

 一人の少年が此方を見て人なつっこそうな笑みを浮かべた。クロロの笑みとは違うがこれまた裏のありそうな奴だ、と要注意人物として頭に刻み付ける。こいつらを信用なんか、絶対にしない。

「今から新たな旅団のメンバーだ。アーティー、入団の儀式を」

 両手を広げてクロロが歓迎の意を示した時だった。瓦礫の崩れる音が広い空間に響く。
 視線をやれば、先程ぶっ飛ばした少年が闘志を通り越して憎悪を宿した視線でもって睨み付けてきた。

「まだね」

 膨れ上がるオーラに身体が縮み上がる。無理だ、と悟ってしまった。今のこいつには勝てない。

「クロロ。俺、今団員になったんだよな? 団員同士のマジ切れ禁止じゃなかったか?」

 ついさっき少女に言われた台詞にすがってみる。返って来たのは含み笑い。何か言えよ、と心中で懇願しながらも目は小柄な少年から離せない。彼は此方に音もなく近付いてくる。いつ飛び掛かられるのかと、鼓動が速まる。
 そして彼が動く、と流れる空気の変化から察し、左手から如意棒を具現化した時だった。

「フェイ、喧嘩にしておけ。出来ないなら、分かっているな?」

 交差するクロロと少年の視線。言葉は無かった。いつ爆発するか分からない緊張感だけがどんどん膨れ上がっていく。

「チッ」

 予想は出来たことだが、少年が舌打ちと共にくるりと踵を返したことに安堵する。そのまま少年少女の輪から少し離れた場所に座り込んだ少年は、苛々と爪を噛んでいた。

「だっせえの」
「煩いよ」
「止めなよ」

 また一悶着おきそうな面々を置いて進み出て来たのは、似つかわしくない大きさの木箱を携えた一人の子供だった。だぶだぶの作業服は様々な色のペンキで彩られている。ピンク色の髪で覆われ、目許は見えない。

「座って」

 淡々とした声音で指示され、思わずクロロを見た。

「団員の証に刺青を入れるだけだ」

 何でもないことのようにさらりと放たれた言葉に溜め息を吐き出す。
 刺青って、そんなマフィアでもないのに。着実に行ってはいけない方向へと突き進んでいる気がする。今すぐ時間を遡れたら絶対にあんな所にのこのこ顔を出さなかったのに、そう後悔するも全てが遅い。そもそもマフィア狩り、いや人身売買組織中心に襲撃をしていることが知られていたのだ。遅かれ早かれ出会っていたのだろう。この邂逅は偶然ではない。クロロによって仕組まれた必然なのだ。
 観念して子供の前に座り込む。無造作に服をむしりとられて、上半身裸にされた。

「背中にいれるから」

 物静かな声と共にその作業は始まった。


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